らしくなってきた

美味しい丹波

兵庫県の中央に「丹波篠山市」という自治体があります。そのすぐ北西には「丹波市」が隣接します。もともと前者は「篠山町」を中心に市町村合併でできた「篠山市」という名前で、後者は「柏原町」など5つの自治体が合併して誕生しました。

市制をひいたのは篠山市が少し早く、丹波市は篠山市に6年遅れて誕生しました。この時、二つの市の間で少しもめました。端的に言うと「どちらが丹波というイメージにふさわしいか」という争いでした。篠山市は令和に入ってから市名に「丹波」をつけることになりました。

このことから分かるように、この辺りの人々は「丹波」というイメージに誇りを持っています。黒大豆や栗などの農産物から、猪や鹿などのジビエまで、この辺りには付加価値が高く美味しいものが多くあります。それら自然の恵みが一番おいしい季節は秋であり、この季節になると各地から多くの観光客が丹波の地にやってきます。

ここは京阪神の大都市からもアクセスがよく、気軽に訪問することができます。地の利のよいこの地域には都会から移住する人も多く、店舗や宿泊施設を中心に新しい風が吹いています。

いつもの悪い癖でここまで長くなりました。今日はツーリングの話をします。行きつけの立ち飲みで知り合ったバイク好きが集まり時々ツーリングに出かけます。

その中にWさんという同世代の人がいて、この方は特に田舎の美味しい食べ物や素敵な宿に対して敏感なセンサーを持っています。私たちがツーリングで度々この地域を訪れるのは、このWさんのおすすめによるもので、今まで外れたことはありません。

そのWさんに1年前「来年の11月のこの日は開けておいてください」と言われました。ある素敵な宿が取れたというのです。HPもありません。多くの人は訪問したときに来年分も予約する場所で、泊まれるのは一日二組までです。新規の客が入る余地があまりありません。運よく入ることができれば最高の猪肉が食べられるといいます。魅力的な宿が多いこの地でも特に泊まるのが難しい場所です。

私は昨年末、2023年の手帳を手にするとすぐに11月のその日に「猪」と印をつけて指折り数えて心待ちにしました。そして10月に入り、立ち飲みでメンバーに会うと猪ツーリングの話が出始めました。

「ツーリング」という言葉を使いましたが、私たちは立ち飲みでつながったバイク乗り、結構軟弱者で「ホンマにバイクが好きなんか?」と言われそうなことを度々行います。降水確率が高いと簡単に「濡れるのも何なので車で…」という雰囲気になりますし、今年の大阪モーターサイクルショーは「その後に大阪の立ち飲みをハシゴしたい」という理由で電車で行きました。

友達って…

10月下旬のある日、私たちは日帰りで篠山までツーリングを楽しみました。記事にも書きましたが、降水確率10%で雨に打たれ、そそくさと神戸に帰り、立ち飲みに再集合して熱燗で体を温めたというツーリングでした。

さてあの時の体が冷えた記憶を引きづりながらライン上には「今度の猪ツーリングはどうする」的なメッセージのやり取りをします。「どうする」とは「バイクで行くかどうか」ということです。個人的には防寒対策をしてバイクで行きたいと思いました。多少雨が降ろうとも、それを工夫しながらかわして走るのがバイクです。とはいっても手袋やブーツが濡れる場面を想像すると二の足を踏みそうになるのですが。

私はバイクショップに行き、ハンドルカバーを買って取り付けて写真を投稿しました。今まで冬用のグローブで我慢して走っていましたが、カッコつけることよりも実用を取りました。Wさんが新品の冬用ライダースジャケットの写真を送ってきました。流れはバイクです。

当日降水確率が低ければバイクで行くことになりました。ただ、11月の篠山の気温は0度を下回ることがあります。「慎重に運転すること」「次の日の運転に影響するような酒の飲み方をしないこと」この二つを胸に私たちは猪ツーリングへ出発しました。

私たちは神戸市北区のいつとは違うコンビニに集合しました。出発の前夜一気に気温が下がったため、寒い山道を避けなるべく標高の低い道を通っていくためです。

排気量もタイプも違う4台のバイクは、晩秋の風を受けながらゆっくりと北へ向かいます。神戸市街から西宮市、三田市を経由して国道176号線を篠山方面に向かいます。天気の良い日、市街地を抜けて田舎道を走るとき「バイクって本当にいいな」と思います。

今日は冷え込んだ天気ですが、ワークマンで買ったインナーとハンドルカバーのおかげでそれほど寒くありません。唯一ハンドルカバーを装着していないFさんが信号で停車中エンジンを小刻みに触って「指先が」と言っています。私も去年までそうでした。気持ちわかります。

途中軽くにわか雨に振られ急いで無人駅に避難するという一幕もありましたが、私たちは田舎道での走りを楽しみ午後三時前にお目当ての宿に到着しました。

宿は予想通りの秘境にあり、辺りにはほぼ自然のもの以外ありません。宿の御主人が車庫の中にバイクをとめるよう案内してくれます。とても人のよさそうな方です。

一通り宿の説明を受け、私たちはお風呂で疲れを落とすことにしました。今まで2度このメンバーで宿泊をしました。2度とも古民家一軒貸しで一人ずつお風呂に入りましたが、ここの御主人んが言うには「4人では少し狭いかな」と微妙な発言。結局私たちは一緒に入ることにしました。

浴槽は4人が丁度並んでつかることのできる絶妙な形と大きさ。人気を気にせずに窓の外の紅葉を眺められる環境。私は4人で湯に浸かりながら自分が現実の外にいるような不思議な感覚になりました。

5年前は知らなかった人たちと裸になって、4人ちょうど入れる浴槽に同じ方向を向いて入り、外の景色を見ながら「あーええ気持ちやなあ」などうなっているのです。

「なんか修学旅行みたいだなあ」

一人がつぶやきました。

確かにそんな感じがします。今はツインやトリプルのホテルに宿泊しますが、かつての修学旅行は和室に雑魚寝で、みんなで一緒に大浴場という名ですが今の基準ではそれほど広くないお風呂に一緒に入っていました。

私たちは十分オヤジになってから立ち飲みで知り合いました。世代は一緒ですが職業はそれぞれバラバラでお互いに敬語を使います。しかし、何だか友達のような気がするのです。もちろん大学生までにできた屈託のない関係の友達とは異なります。それでも「知り合い」とか「関係者」という枠ではくくることのできない雰囲気をかもし出しています。

「友達っていいなあ」と私は思いました。

ハードル下がった

夕食を待つ間、私たちは部屋で相撲を見ながら缶ビールで乾杯しました。風呂上がりの格別な一杯です。今日はもう美味しいものを食べてお酒を飲んで寝るだけです。幸福感の中まったりした時間が流れていきます。

結びの一番が終わる頃、奥さんが呼びに来てくれました。茅葺屋根の別棟の囲炉裏のある部屋に向かいます。真ん中の炭火を囲むように4人が座ります。

ギリシャ神話の神「プロメテウス」は天界より火を盗んで人類に与えました。人間は生物の中で唯一火を扱うことのできる存在です。人類は火を扱うことで進化し豊かさを享受することができましたが、同時に火は人間を破壊する兵器も作り出しました。

そのように人類を象徴する火を囲むこの囲炉裏の形態は、最も人間らしさが出る形なのではないかと思いました。私たちは幸せを享受します。火で調理された美味しい料理を味わい、お互いに向かい合って会話を楽しみます。外は寒さで凍えそうですが、私たちは温かさに包まれています。

さてそれらの反対側にあるものは何なのでしょうか。暖かさとおいしさのため酒がどんどん進んでいきます。後で肝臓が悲鳴をあげるかもしれません。美味し過ぎる猪肉は、普通の肉では満足できないような退廃した私を作り出すかもしれません。

まあギリシャ神話的良い悪いは別として、私たちは火を中心にして至福の時を過ごすことができました。猪はドングリや木の根や虫を食べて肉になります。お酒はお米と水と麹で作られます。当たり前のことですが、自然のものが少しずつ形を変えなが食べ物や飲み物になり、それらが私たちの口に入り私たちの命を維持します。

この晩私たちは、この地で採れた野菜とこの地で育った猪を食べ、この地の米と水で作られた酒を飲みました。言い換えればこの地域のエネルギーを生きる糧にする経験をしたことになります。効率を優先するあまり、広範囲から原材料を求めて食品を作る現在において、これは当たり前のようでありがたいことであります。

最高の料理と酒を堪能し、私たちは部屋へと戻って飲みなおしました。おかみさんが「狭いから二部屋に二人ずつ布団を敷こうか?」と言ってくれましたが、私たちは「狭くても四人一緒で」とリクエストしました。本当に修学旅行のようです。

話は尽きずお酒も少し残っていましたが私たちには「ツーリングクラブとしての自制」が残っていました。「明日の運転に差し支えるから」と残った缶ビールをカバンに入れて、私たちはお茶を飲んで床につきました。

翌朝、底冷えする朝でしたが私たちは心地よく目覚めて、再び一緒に朝風呂に入りました。窓の外には清流が流れ、その向こうには色合いを増した広葉樹が広がります。ちょうど一年前の乗らない”ツーリング”旅行では二人が二日酔いに苦しんでいましたが、さすがにバイクで来た今回は四人とも体調は上々です。

野菜中心の朝ご飯をいただいてエネルギーを補充すると、私たちはバイクにまたがり南へ向かって出発しました。今日はいろいろと山道を周りながら神戸へ帰っていきます。

「壁を一つ越えましたね」私は言いました。今回のツーリングで、私たちは11月の寒さと雨は克服できるということを証明しました。「何を今さら」と多くの人は思われるかもしれませんが、立ち飲みで知り合った軟弱なバイク乗りにとっては大きな一歩でした。

「でもさすがに次は北ではなくて東か西にいきましょうよ」

話をしていて奈良の十津川、岡山の児島などが候補に挙がりました。しかし、とりあえずこの最高の猪はまた食べたいということで、来年の11月にこの宿を予約して出発しました。それまでにどこにツーリングをするのかは、また立ち飲みに集まって決めるとしましょう。

私たちはようやく「ツーリングクラブらしく」なってきました。

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投稿者: 大和イタチ

兵庫県在住。不惑を過ぎたおやじです。仕事、家庭、その他あらゆることに恵まれていると思いますが、いつも目の前にモヤモヤがかかり、心からの幸せを実感できません。書くことで心を整理し、分相応の幸福感を得るためにブログを始めました。