Sound Transit3の続き
長くなりそうだったので前後編に分けた。
去年シアトルに行き、次は2021年以降に再訪問しようと決めている。→ その理由はシアトルのLRTに「やる気」を感じるから。→ そのやる気を感じる根拠がSound Transit3。
Transit3ということは、2や1もありそう。
調べてみた。あった。最初の計画はSound Moveとよばれ1996年に、Sound Transit2は2008年に設定され、郡をまたいだバス路線や、貨物鉄道の路線を借りた通勤列車など、Puget Sound(ピュージェット湾)周辺の3つの郡から中心都市シアトルへの利便性向上を目指し、公共交通網を整備してきた。
シアトル市内と空港を結ぶLRTも、その中で計画・建設され、2009年に開業した。現在、路線は1路線。シアトル市内中心とシータック空港(シアトル・タコマの両都市を合わせた地名)とを、約30分で結んでいる。
「空港へ乗り入れる鉄道」と聞くと、関西空港駅や成田空港駅を連想してしまうが、それらの駅に比べるとずっと存在感が薄い。地方都市の宮崎空港駅や仙台空港駅に比べてもそうだ。拍子抜けしてしまう。
ターミナルビルから、あまり人通りの多いとは言えない通路を10分ほど歩き、駅のコンコースへ。大都市の空港最寄り駅なのに、自販機が3台しかない。人の数も、関空や成田のことを思うとまばら。ポートライナーの神戸空港駅ぐらいだろうか。
ホームからは巨大な立体駐車場と、空港へ向かう車で渋滞する幅広い道路が見える。アメリカの自動車の存在感の大きさを感じさせられる。
しかし、それほど目立たないものの、この状況にLRTが一矢を放ったのは確実だ。環境問題への関心と、増え続けるシアトル都市圏の人口。Sound Moveから約10年で都心の一部を除き全線立体交差、パークアンドライド用の立体駐車場も備える近代的なLRTができ上った。日本はその間、掛け声だけでほとんど何も変わっていない。それを考えると、日本と比べて、空港駅に人が少なくても「これからがんばれよ」と励ましたくなる。
計画・建設は続いて行く
分かりにくい図であるが、Sound Transit3が計画通りに進むと、こんな路線図になる。郡を超えた急行バスや、貨物路線利用の通勤列車も図に入っているが、ピンクと赤の部分がLRTになる。
このうち開業しているのはわずか1路線だが、次の路線の建設が着々と進んでいる。
縦の路線から右に伸びている部分、ここが現在建設中の部分である。シアトル中心地と、東側にある都市ベルビュー、さらにはレッドモンドまでを結ぶ予定。日本の感覚からすれば、それほど長そうな路線には見えないが、こちらの郊外の駅間はLRTでも信じられないくらい長い。平気で3~4キロぐらいの駅間もある。
さて、このベルビューへの路線、最大の見どころとやる気を感じさせる部分は、ワシントン湖に架かるフローティングブリッジ(浮き橋)を通ることである。
浮き橋をネタに建設状況を確認
シアトルとベルビューの間にはワシントン湖が横たわり、そこには2本の長大な橋が東西に架かり両都市を結んでいる。もし、これらの橋が無ければ、一見して、直線距離の5倍ぐらい南か北へ大回りする必要がある。
その重要な2本の橋、その名の通りワシントン湖に浮いている。巨大なコンクリートの箱をつなぎ合わせて浮かせているらしい。見た目にもぴったりと水面に張り付いているようだ。
出張の折、その日の予定を終え、向こうのスタッフが「どこか行きたいところはないか?」と聞いてきた。他の同僚は黙っている。私の鉄心(鉄道好きの心)が騒ぎ出す。
私:「なんか有名な浮き橋があるって聞いたんだけど、この近く?」
スタッフ:「よく知っているなあ。長い方の浮き橋に行ってみようか。」
私:(まずい。LRTが建設中なのはマーサー島を経由する短い方)
「マーサー島も見てみたいな。湖の中の島っていいね。」
我々を乗せた車は、私の本心を見透かされることなく、南側のフローティングブリッジへ向かった。
片道4車線もあるのに渋滞している。この混み合う自動車専用道路の1車線をつぶしてLRTを建設しようというのだ。アメリカは本当に変わった。私は心に熱いものがこみ上げて来た。
素晴らしい湖の景色の反対側、つまり中央分離帯の方に私の視線はくぎ付けだった。レールがすでに敷設されている部分もある。今にもLRTがやってきそうだ。浮き橋だけあって、揺れを吸収する設備がレールにあるのだろうか。興味は尽きない。
あと2年もすればここにLRTが通る。シアトルダウンタウンをトンネルで抜け、高層ビルを背にしてスタジアム付近で東へ分岐。ワシントン湖との間の丘をもう一度トンネルで抜けると、フローティングブリッジ。前方にはマーサー島とベルヴューの高層ビル街、そう思うとワクワクしてくる。それだけでもシアトルを再訪する理由になる。
日本が直面する問題に思いが至る
シアトルを始めとして、ポートランド、ロサンゼルスなど全米の各地で公共交通、特にLRTが見直されている。アメリカだけではない。この動きの中心はヨーロッパで、その嚆矢は四半世紀以上前に開業したフランス・ストラスブールとドイツ・フライブルグのLRTであったと記憶している。
平均寿命が延びる中で交通弱者の移動をどう確保していくのか、これらは政府や地方自治体の大きな課題である。道路の維持管理に税金が投入されるように、本来公共交通は、利益が出る・出ないということのみで語られる性質のものではない。
実際にSound Transitの資料を見ると、歳入における運賃収入の割合は10%を切っている。公共交通とは字の通り、ごみ収集や上下水道などと同じく、人々が生活するうえで享受すべき基本的な公共サービスの1つなのだ。
しかしながら、現在の日本では、公共交通を「(金銭的な)利益を生み出すべき装置」とみられる傾向が強い。これは、私企業が数多くの鉄道やバスを運営する日本独特の状況に起因しているかもしれない。
しかし、国の成長が止まり、人口が減少していく中、このモデルはいずれ限界を迎える時が来るだろうし、実際に毎年多くのバス路線や鉄道が廃止になっている。
大きすぎる政府は不安に思うが、何もかも規制緩和を行い、自由競争の名の元に消耗戦を続けていくのは、さらに不安に感じられる。
バリバリの車社会、アメリカ・シアトルで今回のような経験ができて嬉しかった。それは、Sound Transitから「みんなから集めたお金をより立場の弱い人につかってあげよう」「少し便利さを我慢して、長い目で環境のことも考えようや」というメッセージを僕が感じたからだろう。Sound Transitの計画の実行は住民投票によって決定される。ということは、ここにはそういう他人を思いやれる人々が一定数住んでいるということ。
ベルヴューへの路線が開通する2021年以降、この街がどう変わっていくのか再訪して見てみたいと思う。