宮崎の美しき女医さん
妻と「7ルール」の録画を観る。この番組は、素敵な女性が真摯に働く姿を見せてくれ、いつも見終わった後気分がよい。
先日、去年の秋に放送された宮崎のフライトドクターの活躍を見た。ドクターヘリに乗って救命を行う若くて美しい女医の姿に、妻の横にも関わらず、思わず「なんて奇麗な女性なんだ」と呟く。
美しいのは容姿だけではなく、彼女の今までの人生や、言葉の端々から誠実で清らかな心情が伝わってきて、僕も番組に夢中になった。
そんな彼女の7ルールの一つ、確か5番目だったと思うが「一眼レフを向けるのは空だけ」というものがあった。彼女はカメラが趣味で、そしてその被写体として美しい空をいつも探しているというのだ。
美しい空を撮る目的は、入院患者に見せるため。同じ場所に長時間閉じ込められ、気持ちが前に向かない患者にとって美しい空は気持ちを病院から外へと向かわせる役割を果たすという。
彼女は休日、美しい空の姿を探し、カメラを向ける。基本的に、何もない空(くう)と雲によって構成される空。単純であるが無数の表情を見せてくれる。そんな中からある部分を切り取り、それを彼女は入院患者のもとへと届ける。
病室の窓から見えるものとは異なる空の表情に、患者の心が和む。そんな患者を見つめる彼女はとても穏やかな表情をしている。
「こんなに素敵な若者がいてくれて、まだ日本も捨てたものじゃないな」と上から目線で思いながら、同時に「こんなに素晴らしい女性が魅かれる空って何」と自分に疑問を投げかける。
いつ、どこを切り取るのか
毎日目に入ってくるがとりわけ意識することのない空。その空を通じて見える太陽や月には美しさを感じることはある。特に夏の明け方、ベランダから見える日の出は、しばらく何も考えずに見とれていることもある。
しかしながら、ただ一面の空は、星のように中心となるものが無いだけに漠然とし過ぎている。つまり、無限に広がる空間の中でどこを切り取ってみるのかということだと思う。
僕は番組を見て以来、空を見上げることが多くなった。季節や時間帯によってその色は微妙に異なる。奥が深そうな表情になったり、近くに存在してそうであったり。
空の青色は空気を構成する分子によって決まるという。そういえば大気の無い宇宙空間の写真に青い空は無い。地球の表面を覆う大気の存在が空を作り出し、その後ろには無限ともいえる漆黒の宇宙空間が存在する。
空に浮かぶ雲は、地表から太陽エネルギーによって蒸発した水のかたまり。数百メートルから1万メートル以上まで、その高度によってさまざまな形を見せる。
空も雲も地球の表面を覆う一枚の巨大な絵のようなもの。始まりも終わりもなく、同じ姿は見せない。日々変化し続ける無数の表情の中で、人間の網膜に映し出されるある特定の範囲と特定の瞬間。それが人の心に何か特別な感情を喚起する。7ルールの彼女の切り取る空は、患者に「体を治して外へと向かう希望」を生み出す。
僕も、仕事へ向かう電車の窓や、信号を待つ歩道から空を見上げてみる。視界に入る空は人工物によって切り取られている。ビルの上層部の形、窓や柱、電線などが空を切り取る額縁となる。都会に住んでいると、なかなか純粋な空と雲だけの空は見られない。
意外なところに美しい空
7ルールから数週間後、ふとしたことで美しい空に出会った。そして、その後もある場所に行けば美しい空に出会えることがわかった。
その場所とは「露天のととのいイス」。
サウナ・水風呂の後、体を拭いて露天へとでる。イスに深く腰掛けて、目を閉じてゆっくり呼吸をする。心がリラックスしていい気分になってくる。この瞬間が味わいたくてサウナに通っているようなものだ。
目を開くと空が見える。一面の空ではない。露天スペースを囲む様々な構造物に切り取られた空だ。人工物の間の空にもかかわらず何とも言えず美しい。雲一つない晴天であっても、一面の曇り空であってもありがたい存在に感じ、心は安らぎで満たされる。
雲がゆっくりと流れていく。飛行機が高度を上げていく。何でもないようなことだけど、僕を祝福してくれるように感じてくる。
澄んだ青い空の向こうには何が存在するのだろう。今、目に入っている範囲は広大な宇宙の何億、何兆分の1何だろう。でも、ビックバンの時すべては10のマイナス30数乗cm3の超高温・高密度の世界だったという。僕の体、このサウナ施設、目の前の空、その向こうの宇宙、すべてがそんな小さな一点から始まったとは信じられない。
有限と無限とが矛盾なく混ぜ合わさっているような感覚になってくる。秒速30万キロの光が1.3秒かかって到達する月の姿、8分前の太陽の姿、僕は空を見上げながら何がどれだけ混ざり合った世界を感じているのだろう。訳の分からない気持ちになるが、空の姿は美しい。
ありきたりの表現だが、美や醜は心の状態を映し出している。そして心が満たされた時の空は、どんな姿であれ、何物にも代えがたく美しい。