いつもの場所で
5月の楽しみは大相撲夏場所だけではありません。この季節になると、通勤途上、最寄り駅へと向かう間、何度も上を見上げ、しばらく立ち止まります。自宅から駅の間に今年は4つのツバメの巣を発見しました。
「ツバメたちが返ってきたな」と思うと、間もなく巣ができ上り、中での抱卵が始まります。そしてある日、いつものと違う雰囲気に見上げると、4~5匹のかわいらしい雛が鳴いています。
ここまでが序章、ツバメ一家の誕生までです。そして、ここからがとにかく速いのです。雛はものすごい勢いで親鳥に餌をねだります。朝から晩まで、日の明るいうちは親鳥は狩りとエサやりで明け暮れます。
弱々しかった雛は一日一日大きく成長していきます。驚異的なスピードで羽が生え揃い、巣の中での移動する姿も見られます。動き回る途中で巣から落ちてしまう雛もいます。これは自然の中では仕方のないことで、落ちてしまった雛は助かりません。他の動物や虫の餌になります。
ただでさえ狭い巣は成長していく雛で身動きが取れないほどになります。こんなに短期間であそこまで成長させるには、いったいどれだけ餌を食べさせればよいのでしょうか。また、雛の骨格や筋肉はそんなに短期間成長できるものなのでしょうか。
とにかく孵化してからの2~3週間は、何か不思議なものを見ている気がします。そして、このツバメの子育てを見るたびに、自分自身のそれを思い出さずにはいられません。私たちが今まで息子らにやってきたことが、ツバメを通じて早送りのように浮かび上がってきます。
ツバメに比べれば、はるかに長い子育てです。しかし、それは今になって振り返ると一瞬のように感じられるから不思議です。
私は今、例年とは異なる特別な思いでツバメの巣を眺めています。いつかはこの時を迎えるのだと思い続けていたことが、今我が家で起きています。子どもの巣立ちです。私の長男は先月、大学の近くで一人暮らしを始めました。
最初の写真
私が初めて長男の姿を見たとき、彼は直径数ミリの点でした。
「何かお腹がおかしい気がする」
明石市内の回転寿司で妻がそう言いました。しばらくして受診すると、妻は妊娠していました。その時、彼女が持ち帰ったエコーの白黒写真に長男が写っていました。
写っていたとはいっても、ただの点です。「これが胎児だと」聞かなければ、何なのかわかりません。その時は「自分が親になるのか」という不思議な思いと「お腹の中のこんな小さなものが映せるのか」という驚きを感じました。
エコーの写真は健診を重ねるごとに鮮明になってきました。つまり、点だったものが人の形になってきたということです。かろうじて頭が判別できるそら豆のような物体から、はっきりと手足を持った小さな人間へと変わっていきます。
妻のお腹も徐々に大きくなり、表情も少しずつ母親のそれになっているような気がしました。臨月までの間、いろいろと大変なこともありましたが、私の立ち合いのもと、無事出産を迎えました。
生まれてくるまで性別は知りませんでした。助産師さんが取り上げた瞬間に男の子だとわかりました。私の中ではずっと娘だと思っていたので、意外な感じがしました。
こうやって書きながら思い出したことがあります。私は長男が生まれたその日「生を受けたということは、一つの新たな死も生み出してしまった」と感じました。やはり、私のこの性格、ずっと変わっていません。
とにかく、その日から私の親としての務めが始まりました。
不自由さの味
子育てを行いながら、私は今まで持てなかった様々な感情を手に入れることができました。
子どもが乳児の内は、とにかく子どもに対する優先順位が一番になります。そうしないと子どもは生きていけません。そして、その子どもに母乳を与えるのは妻です。だから、私の事情は一番最後になります。
自分自身も仕事で疲れていますが、育児に疲れる妻をいたわってあげなければなりません。妻の状態は何より子どもに影響し、子どもは家族で一番弱い存在であるからです。当時私は30代前半、若くてよかったと思います。
仕事をすることと、子育てに関することでほとんどの時間が消費されていきました。「ゆっくり一人旅がしたい」とか「一日中自分のペースで読書や語学学習したい」など、いつも思っていました。
休日は公園や温泉へよく連れていきました。次男も生まれましたから、再び赤ちゃんを世話するモードに加えて、幼児の相手もします。幼稚園の行事にもよく参加しました。
小学校に入学しても、休日はほとんど自由になりません。二人とも野球をしたので、日曜はその世話で過ぎていきました。土曜はたいてい仕事が入っていたので、私には休日はありません。
次男が中学校になるまではそんな生活が続きました。私のやりたいことだけを考えると不自由な時代でした。ツバメが一日中餌を探し回り、ひたすら巣の中の雛に与え続けているようなものです。
しかし、その不自由さを今思い出すととても甘美な思い出を伴います。子育てを行うなかで、ある決まった時期だけに持つことができる不自由さであり、今、同じことを望んだとしても不可能なことなのです。
子どもたちが大きくなった現在、私は比較的自由にやりたいことをおこなっています。その自由さを感じるのは、子育てに手を取られていた時代の不自由さがあるからこそであり、どちらにも等しく価値があります。
真の巣立ちまで
引っ越しの少し前、私たち四人は近所の焼き鳥屋に行きました。子どもたちが小さなころから通っている店です。コロナ以降足が遠のいていましたが、しばらく家族4人で外食することもなさそうなので、みんなの好きな焼き鳥を食べることにしました。
かつては4人で1万円以内で済んでいた勘定が、その日は倍近くかかりました。私たち夫婦の飲み食いする量は変わらないので、子どもたちは本当に大きくなったのだと実感しました。
引っ越しの前日、私は長男に本を一冊渡しました。内田樹氏の書いた「寝ながら学べる構造主義」でした。
「お父さんは、何か迷ったときこの本をよく読む」
よう言いながら手渡しました。
実際に、私は横になりながらこの本をよく開きました。私の座右の書であり、特にこの本に書かれているソシュールとレヴィ・ストロースの思想は、今の私の考え方の枠組みに大きく影響を与えています。
哲学に興味がある息子にとってもよい入門書になると思います。
それにしても、妻のお腹の中の点であった長男が、こうして構造主義の書を手にして私たちから離れていきます。本当に命とは不思議で素晴らしいものです。
子育てに翻弄されながら切望していた「私の自由な時間」は、こうして巣立ちを目の前にする息子の姿を見ると、どうでもよかったと思えてきます。不自由な時間があったこそ、私は寂しさと嬉しさが同時に調和するという、この今私が感じている感覚を手に入れることができました。
ツバメは巣を飛び立った後も、しばらくは親鳥と共にいて本当に一人前になるまで狩りを学ぶそうです。長男は家を出ていきましたが、経済的に私たちに依存している今はこの状態であると思います。
実際に引っ越しからしばらくして帰ってきました。その理由は麻雀パイを持っていくためです。やはりまだ、私たちの子育ては終わっていません。
あと数年すれば、おそらく次男も巣立ちをするでしょう。もうしばらくは子育てを続けながらも、私たちはその後の人生を迎える準備を考えておく必要があります。