令和五年九月場所

大相撲を好きになって以来私は夏の終わりに寂しさを感じなくなりました。仕事柄夏休みの終わりを悲しむ子供達とよく接します。私はそういう子供たちに冗談半分で「夏休みが終わっても9月に入ったらすぐに楽しいことあるやん」と声をかけます。

「何ですか」と聞かれたら「そんなん九月場所決まってるがな」と答える私を子供達は「あっ、また相撲の話ね」という半分冷めた目で見ます。

私は夏休みの終わりは寂しくない分、9月場所の終わりはなんだか明日から始業式のような気分になります。周りが二学期に慣れてきた頃に私はその始まりを恐れるような気持ちになるのです。相撲好きも一長一短あります。ただ二学期は12月まで続きますが大相撲は一月半後に次の場所が開かれます。そう思うと頑張れる気持ちになります。

いつもに増してじっくり見ることはできませんでしたが、今場所も気がついたり感じたことをとりとめもなく綴ります。

ゆっくりと

令和五年の大相撲、私は名古屋場所までこの力士のことをいつも考えて、驚かされていました。初土俵の一月場所で7戦全勝、三月場所と五月場所のわずか二場所で十両を通過し、幕内で迎えた七月場所では優勝争いに絡み敢闘賞と技能賞を受賞した宮城野部屋の伯桜鵬関です。

私は一月から夢を見ているかのような気持ちでした。初めてテレビに現れた時は坊主と言っていいほどの髪型でした。入幕してもまだ髷を結うことができません。そんな力士がベテランの力士に物おじすることなくぶつかり合い、次々と白星を重ねていくのです。その貫禄と出世の速さに「相撲界はどうなってしまうんだろう」と的外れな心配をしてしまうほどでした。七月場所を観戦したドルフィンアリーナには早くも「伯桜鵬タオル」が売店に並んでいました。

その伯桜鵬の今場所の番付は西前頭9枚目でしたが、場所前に場所への出場を取りやめるというアナウンスがありました。痛めた左肩の手術をしたためでした。そういえば名古屋場所では左肩に大きなテーピングをして出場していました。

メジャーリーグの大谷選手にしてもそうですが、特別な才能を持った人が現れるとメディアは派手に取り上げて、人々は過度に期待をしてしまいます。ネットが発達した現代では、その速度や更新の頻度が過去とは比べ物にならないくらい上がっています。

そういう私もネットニュースで伯桜鵬や大谷選手の話題が表示されるたびに思わず見てしまい、その行為はエコーチャンバー効果により、更なるニュースの提示へとつながります。情報を使い捨てする速度が、一人の人間の持つリズムに合っていないと思うのです。

伯桜鵬がその異常な強さで周りを沸かせてくれるのは嬉しいことですが、私は個人的にもっとゆったりとした目で応援していこうと今回の休場を見て思いました。まだ二十歳です。とにかく怪我なくよい相撲を見せてほしいと思います。 

いい体

約100キログラムの炎鵬関が「ものすごく小柄」と言われる大相撲の世界です。130キロであってもまだ小柄な方です。相撲取りは、稽古をして、食べて、寝て、大きな体を作ることが大切な仕事になります。

かつて相撲好きになる前の私は、関取の体があまり好きではありませんでした。ただ運動不足と偏った食事を食べ過ぎて太っている人と区別がつかなかったからです。実際にはただ太り過ぎている人にはあのような素早い力強い動きはできません。相撲取りの大きな体は、脂肪に覆われた強靭な筋肉でできています。今では美しい体だなと思うことができます。

そのような関取の体なのですが「ああいう体を自分は持ちたいか」と聞かれれば、「はい」という答えは出てきません。力強いのはよいのですが、日常生活では何かと不便がありそうだからです。それに、あそこまで体重を増やすのは内臓や膝や足首にとって相当無理がかかることだと思うのです。そしてそう考えるとき、そのような無理をしてまで体を作り、私たちに勝負を見せてくれる関取の存在をありがたく感じます。

私が「自分があの体になったら素敵だ」と思う力士がいます。琴恵光関です。あの引き締まった腹回りと盛り上がった肩の筋肉、見るたびに惚れ惚れとします。力士が大型化していく中で、こういう体の力士が活躍してくれると嬉しいですし、引退後の体への負担も少ないと思います。

私は力士たちは自分の命を削りながら相撲をとっていると思います。琴恵光関のような体の力士が増えれば、悲しいニュースを聞く機会も減るのではないかと思います。

名脇役

北青鵬関や大の里関といった若い世代の力士たちが活躍する一方で、今場所ひっそりと引退していった力士たちもいます。私が特に寂しさを感じたのは徳勝龍関と明瀬山関です。二人とも映画で言えば主役級の力士ではありませんが、場所を盛り上げる名脇役でした。

徳勝龍はそれほど関心を持っていた力士ではありませんでした。ただ、次男の同級生の父親に雰囲気が似ていたので、登場するたびに心の中で「〇〇ちゃんのパパがんばれ」と思っていたぐらいでした。

ところが今から3年半前、令和2年初場所で誰も予測しなかった幕尻からの優勝を果たしました。私はこの瞬間をサウナの中で体験しました。千秋楽で貴景勝を破る瞬間広めのサウナ室はこの勝負をみる人々でいっぱいでした。

さらに優勝インタビューの時、静まったサウナ室のあちこちから鼻をすする音が聞こえてきました。私もその中の一人でした。徳勝龍のコメントに感動して泣いていたのです。

数多い力士のほんの一握りが重量以上の関取になることができます。その中でも幕内で優勝できるのは延数で1年に六人しかいません。幕尻の自分にまさかそんな舞台が回ってくるとは思わなかたでしょう。直前に大学時代の恩師を亡くし、悲しみの中での優勝でした。ユーモアの中に彼の謙虚さと感謝の気持ちが伝わってくる素晴らしインタビューでした。

私にとって明瀬山は表情と体型が強烈な関取でした。随分と失礼な言い方になって申し訳ありませんが、正直言ってあの肉がたるんでお腹が張り出した体では強そうな相撲が取れそうにありません。

しかし、独特の立ち合いの後、明瀬山は素早い動きで相手を捉えぐいぐいと寄せていきます。どうしてあの体型であの動きができるのか、私はなんだか不思議なものを見ているような感じに包まれるのです。力士の体とは奥が深いと感じさせられます。そしてあの人懐っこさと腕白さとが一緒になったような表情がたまらなく魅力的でした。

幕内と十両と幕下とを何度も行き来しましたが、幕内で相撲をとった期間はわずかでした。もっと早く大相撲に興味を持ち、20代の彼の相撲を見たかったと思いました。

二人とも年寄りを襲名されるようです。相撲界に残ってもらえて嬉しいです。お疲れ様でした。

パレードが見たい

兵庫県出身の幕内力士といばすぐに大関貴景勝関の名前が出てきます。しかし私は個人的に高砂市出身の妙義龍関の名前が浮かんできます。表情が私の幼馴染に似ているため、思わず感情移入してしまうのです。

そんな妙義龍ですが今場所では久しぶりに二桁10勝をあげました。現在36歳で幕内では最年長の一人ですが、まだまだ活躍する姿が見られそうです。

ちょうど2年前の令和3年九月場所で妙義龍は優勝争いを演じました。惜しくも優勝は逃したものの11勝4敗で技能賞を獲得しました。私が通う立ち飲みでは、この時妙義龍で盛り上がりました。「高砂パレードが見たい」が常連の間で合言葉になっていました。

妙義龍が優勝していたら出身地の高砂でパレードがあったのかどうかはわかりません。今場所優勝の貴景勝関もパレードは両国だったようですし。ひょっとしたら大阪場所で優勝したら芦屋であったかもしれませが。しかし、最近では徳勝龍関の奈良市内でのパレードの例もあるので高砂パレードも期待が持てます。

妙義龍が優勝して高砂でパレードが開かれたら行きます。思いっきり手を振って大声を出して勝利を称えます。そんな日が来て欲しいなあと思います。

人気の秘密

今年は今までのところ二度大相撲観戦に行きました。大阪場所で一日、名古屋場所で一日です。会場にいると、テレビでミキシングされて出てくる音声とは異なる生の声援を聞くことができます。

横綱や三役、それにご当所の力士は当然名前が呼ばれるたびに大きな歓声が上がるのですが、それらの関取たちを上回る集めるのが宇良関です。大阪出身なので三月場所は当然ですが、名古屋場所であっても、私の感覚では一番大きな声援を集めていた力士でした。

私も宇良の取り組みになるとワクワク度が違います。まず、立ち合いで相手の下に入れるか、そして下に入れば次はどんな技を見せてくれるのか、その展開が楽しみなのです。宇良の相撲はエンターテイメント的な要素が感じられます。それに花を添えてるのがあの人のよさそうな笑顔とかわいらしいピンクのしめ込みです。宇良には歓声を集める要素が多くあるのです。

しかし私がこの力士で一番魅力的に思えることはその礼儀正しさにあります。どんな負け方をしようと、体が痛そうであっても宇良はできるだけ早く元の位置に戻り相手に対してしっかりと礼をします。私はこの負けた時の礼を見ながらいつも感心します。「なんて素敵な人なんだろう」そう思いながら、自分も同じようにできているだろうかと自問します。

もちろん、珍しい技で勝つ姿を見るのも嬉しいのですが、負けた姿を見てもいい気分にさせてくれるのが宇良なのです。 

今週も多忙でギリギリの更新になってしまいました。レコーダーの中にはまだ見切れていない勝負が数多く残っています。相撲をずっと見られる生活、いつになったら実現するのでしょうか。

今年も残すはあと11月場所だけになりました。時間がどんどんと過ぎていきます。力士たちも次々に入れ替わっていきます。それが世の常なのですが、もう少しその流れに余裕をもって付き合いたいと感じています。

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投稿者: 大和イタチ

兵庫県在住。不惑を過ぎたおやじです。仕事、家庭、その他あらゆることに恵まれていると思いますが、いつも目の前にモヤモヤがかかり、心からの幸せを実感できません。書くことで心を整理し、分相応の幸福感を得るためにブログを始めました。