海鮮丼を求めて
バイクとの付き合いは季節や天気との付き合いになります。空調の整う密閉された空間で移動できる自動車と違って、バイクは体が常にむき出しになっており身につけるものや風防によって環境を整えます。
今年の夏は異常に熱く、とてもバイクに乗って遠出する気分にはなりませんでした。住んでいる場所が標高の高い山間部ならよいでしょうが、私は都市部に住んでおり、どこへ出るにしてもしばらく信号に立ちどまりながら移動するしかありません。
こうなったらバイクを楽しむよりも、電車で遊びに行ってビールでも飲んだほうがいいという気分になります。「バイクが好き」と言いながら私はその程度のバイク乗りです。私は真夏にも電動ファン付きの空調服を着たライダーを見ました。彼ら、彼女らは本物だと思います。
さて、限りなくニセモノに近いバイク乗りである私たちツーリングクラブ(行きつけの立ち飲みのバイク好きの常連)ですが、暑さがおさまるとバイクに乗ってどこかへ行こうかという話が出始めます。いつものようにカウンターで酒を飲みながらああだこうだとバイクの話が弾みます。
結論を言うと、11月下旬に1泊2日のツーリングが控えているので今回は日帰りで海鮮丼を食べに行くという話になりました。場所は前回「乗らないツーリング」の初日に訪問した京都府南丹市にあるお店です。山の中の街にあるラーメンがメインの店なのですが、意外と海鮮丼が美味しかったのです。
「それでは軽く昼飯を食べに行きますか」
私たちはカウンターで話をまとめて解散しました。
予定の日、兵庫県から京都府にかけての降水確率は10%でした。私たちは天候に関して結構慎重で、30%を超えると「やっぱり車で行ったほうがいいかも…」と誰ともなく言い出します。しかし、この降水確率は完璧です。私は雨具も防寒具も持たずに待ち合わせ場所である神戸市北区のコンビニへとバイクを走らせました。
今回参加したのはRさんとWさんと私の3人。
「今日は秋晴れで最高の天気ですね」
久しぶりの「バイクでの」ツーリングにワクワクです。コンビニまでの道中にも数多くのバイクとすれ違いました。空調服を着る気合の入ったライダーは別として、普通のバイクのりにとって待望の季節がやってきました。
私たちは道に詳しいWさんを先頭に、秋の深まる山道を北へと向かいます。神戸市内とはいえ北区は山が多く信号も少なく走っていて気持ちがいいです。このまま秋晴れの中京都まで駆け抜けて、おいしい海鮮丼を食べて、またしばらく田舎道を走り、最後は「ドライゼロ」で乾杯。良い休日になりそうではありませんか。
その薄さで来るか
複数でツーリングをする場合、インカムマイクをつけて会話を楽しみながら行う人も多いのですが、私はそれは好きではありません。バイクに乗る楽しみの一つは孤独になることだからです。矛盾しているように感じられますが、集団で移動していても一人一人はバイクの操作に集中してます。
エンジン音しか聞こえない中、両手両足と体全体を使って運転していると、自分の五感が研ぎ澄まされるのを感じることができます。一人じゃない安心感の中で一人になるのです。自然と気分がよくなり、ヘルメットの中で歌を歌っている自分に気がつきます。
体は緊張しているのですが、心がリラックスした状態なのです。これが心地よくて、私は短時間の間にオリジナルの歌を何曲も即興で作ります。そんな歌は「インカムで他人に聞かれている」環境では絶対にでてきません。ただ、大したことない歌なのか、バイクを降りるとどんな歌を歌っていたのか思い出せません。
そんな歌を何曲も口ずさみながらバイクを神戸から三木市、加東市へと進めていきます。ロードバイクに乗っていると、車の少ない山道であってもしっかりとアスファルトで舗装されていることに感謝します。心地よい日差しと気温の中、心地よいスピードで何も考えずバイクを走らせる幸せ、現代の日本に生まれてよかったと思います。
出発から約一時間で丹波篠山市へと入ります。何かがおかしい感じがします。朝が昼になろうとしているにも関わらず気温が上がらないのです。
「10時を超えても意外と寒いなあ」
そう思っていると前方の方が少し暗くなってきました。
「まさか雨が降ることはないだろう。10%やったし」
しかし、北へ進むにつれて暗さは増し、すれ違う車も少し濡れているような気がしてきました。10分もすると嫌な予感は確信に変わり、私たちは雨に打たれ始めました。
少し濡れたところで陸橋を見つけ、私たちは急いでその下へを非難しました。私はスウェットの上に革のライダースジャケットを着ていましたが、それでも体が冷えてきました。
まさかの雨で誰ひとりとして雨具をもってきていません。スマホで雨雲の流れを見ると、私たちのいる経度に沿って雨雲が降りてきているではありませんか。私たちの東や西では雨雲が見られません。
「こんな薄い確率に遭遇するか?」と言いたくなりますが、嘆いたところで仕方がありません。私たちは雨に濡れて、バイクは陸橋の下にあります。さてどうしましょう。
雨具もレーダーの動きを見ながら三人で話し合います。誰も「このまま京都まで走ろう」という気分ではありません。麺類に詳しいWさんが「この近くに十割そばを出す人気店がありますよ」と言います。
私たちは雨雲の切れた瞬間を狙って近くの蕎麦屋を目指しました。
我々のアイデンティティー
そのそば屋さんは信じられないような場所にありました。一言でいえば「ここに飲食店があるのか」というような場所でした。さらに驚いたのは、そんな場所にも関わらず開店前にかなりの行列ができていたことでした。
ネットの出現は商売の在り方を根本的に変えてしまったと思わされます。どこに位置しようと検索をすればすぐにルートが出てきて連れていってくれます。秘境は私たちの周りからなくなりつつあります。おそらくこの店も30年前なら「秘境」扱いされた店だと思います。便利ですが失うものも多いと思います。
お客さんのほとんどはざるそばを注文していましたが、体の冷えた私たちはかけを注文しました。予想以上にコシがあり香りの高いそばでした。少し濃い目の温かい出汁が体に染みわたりました。食べ物はもとより、建物も調度品もきちんと作られており、手間とお金をかけて作られた店に好感が持てました。
私たちが食べた後、そばはすぐに売り切れになりました。まだ昼の1時です。
食事を終え店の駐車場からバイクを出した瞬間にまた雨が降りだしました。今度は最初よりも大粒の雨です。急いで閉店した商店の庇の下にバイクを止めます。最近の天気予報は驚くほど正確です。しかし、時にはこういうこともあります。誰を恨んでも仕方がありません。
「寒いですね。なんか金壺の熱燗飲みたくなってきました」
「ああ、それいいですねー」
「金壺」とは姫路のお酒で、私たちを結び付けた立ち飲みでよく燗にして飲みます。もうこうなったら私たちの頭の中は熱燗でいっぱいです。
雨が上がると私たちは南へ向かってひたすらバイクを走らせました。このツーリングの最終目的地に行くためです。ただ、そこにはバイクで直接乗り付けることはできません。
私たちはそれぞれの家へとバイクを走らせ、そこから電車に乗り馴染みの立ち飲みへと再集合しました。午後六時ごろでした。日は暮れて気温も下がり熱燗を飲むには最高の条件でした。
店主に今日の顛末を話しながら、いつもよりも熱めの金壺の燗をつけてもらいました。私たちは五臓六腑に染み入る日本酒を味わい、今日参加できなかったメンバーにラインを送りながら次のツーリング計画について話し合いました。
バイクよりもはるかにお酒の方向にアイデンティティーがかたよったツーリングクラブですが、まあこれもアリだと思います。
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