コンビニエンテ
街からタバコ屋の姿が消えた。タバコ屋だけではない。雑貨屋も小さな文房具店も個人営業の酒屋も、ものすごい勢いで数を減らした。言うまでもなく、コンビニが普及したためだ。
タバコ、雑貨、文房具、酒、その他にも総菜や野菜や雑誌も売っている。宅急便も送ってくれる。コンサートのチケットも買うことができる。住民票も取ることができる。コンビニとは、いったいいくつの業種の店が統合したものなのかと思う。
私は性格的に、ここの小さな店が存在する世界が好きな人間である。時代遅れだと言われようが、大きなスーパーに行くより、肉屋や魚屋や八百屋といった個人商店が並んでいる市場の方が気持ちが上る。そんな私であっても、コンビニという現代の万屋の恩恵を受けずに過ごすことは難しい。
タバコも吸わず、普段、弁当やコーヒーボトルを職場に持参する私は、コンビニに入ることはあまりない。しかし、ここ数週間、その有難さ、便利さを実感している。マルチコピー機である。
マルチコピー機の前に立ち、画面を指で操作する。「各種サービス」から「検定資格」へ。数ある資格の中から「イタリア語検定」をタッチし級と実施回数を選択する。横にあるコインスロットに720円投入すると1分ほどでコピー機から指定された過去問が印刷されて出てくる。
かつてはそうではなかった。イタリア語検定の過去問は書籍では丸善の独占販売になっている。年度ごとに各級が合わさった本を3000円出して買わなくてはならない。しかも、普通の書店には置いていなく、大型書店であってもすべての年度が揃っているわけではない。
今でも書籍としての過去問は出版され続けているが、私はもっぱらコンビニのマルチコピー機で必要な年度の問題を印刷して使っている。リスニング問題の音源は問題に印刷されているアドレスを入力すれば聞くことができる。私たちは、本当にコンビニエンテな時代に生きている。設備面で外国語を勉強できない理由など何もない。
9月中旬に入り、あと2週間でイタリア語検定がやってくる。ここのところ私はコンビニ行っては準2級と2級の過去問を印刷し、持ち帰って解答する作業をつづけている。
正確に時間を測って解答するわけではない。空き時間を利用して、筆記とリスニングを分けてやることもあるが、自己採点してみると、おおむね準2級は合格ラインをコンスタントに突破している。2級は、超えたり下回ったりと不安定である。
去年は初めて受けた2級の1次試験を通過することができなかった。今年も10月2日に2級を受験することになっている。今の感覚だと、少し難しそうな気がしている。
私が捨てたもの
私がイタリア語を始めて、もう20年以上が過ぎている。その間、ずっと勉強を継続していたわけではない。この数年間は「継続して勉強している」ということができるが、この20年の間に私は結婚をして子どもたちを妻と共に育ててきた。
子どもたちが生まれてから中学に入学するまでは、男親の私であっても何かと手が取られた。それに、今は比較的落ち着いているが、当時仕事が忙しいときは家に帰ると毎日クタクタになっていて、イタリア語どころではなかった。更に、土日も仕事に出ることが多かった。
20年以上の学習期間とはいえ、少しやっては中止して、しばらくして再開するを繰り返してきた。その間、私は大いに葛藤を続けていた。「こんなに時間がないのになぜイタリア語をしなくてはならないのか」という葛藤である。
いっそのことやめたら楽になることはわかっていた。投資の世界でも「損切り」はとても大切なことだといわれている。それができなくて、ズルズルと負債を持ちつづけると、ポートフォリオ全体に影響を及ぼす。
私の中でイタリア語学習は負担になっていた。いや、忙しいときはやめていたので、正確には「イタリア語を勉強しなくはダメだ」という気持ちが負担になっていた。何度も損切りしようと思ったが、その度に「これは損ではない。報われる時が必ず来る」という気持ちが湧いてくる。今やめてしまったら、今までのことが水の泡になってしまいそうな気がして決断が付かない。
モヤモヤした気持ちを持ちながら、私はイタリア語学習を”続けて”きた。どこの教室にも通わずに、イタリアに行くこともなく、イタリア人と話をすることもなく、ただラジオと本を相手に学習を”続けて”きた。
その間、私が得たものは何なのであろうかと考えてみる。一見して分かりやすいものはイタリア語検定準2級という資格である。それだけであろうか。
では私が捨てたものを考えてみる。
この20年間、私はほとんどTVドラマを見ていない。映画館へ行くことも数えるほどであった。何も考えずにダラダラと音楽を聴くこともしなくなった。
私は、時間をかけてどうでもいいエンターテイメントを楽しむことができない人間になってしまった。「そんなことに時間を使うぐらいなら語学にまわすべきではないか」「継続こそが語学のキモなのだ」そんな思いが常に頭にあった。
穏やかな気持ちで散歩をしたり、何も考えずに昼寝をしたり、そのようなことができない人間になっていた。散歩をするときはi-podで語学を聞きながら、思わず昼寝をした後は「この間に何かできたのに」という罪悪感に苛まれた。私は常に焦っていた。冷静になってみればそれほど大切ではないことに、心を奪われ、イライラして、大切な時間を幸福感を感じることなく過ごしてきた。
今を基準に考えたら、私はたくさんのものを失ってきたと思う。
それでもなお
今、死ぬと分かったら私は自分の人生を後悔するのであろうか。
たぶん、そのポイントは過ぎていると思う。その時になってみないと分からないが、語学の沼に足を取られ続けた人生は、それはそれで実りあるものであったと思う。なぜなら、苦しみながらも語学を続けたことで私は一つの真実を実感付きで知ることができたからである。
それは「私の見ている世界は私の中にあることばで作られている」ということである。
このことを知るために、私は一見無駄であるようなことをここまで続けることが必要だった。「なぜだ」と思いながらも、ことばに対して向かい続けることが要求されたと思う。
そういうわけで、今はこの20年間でイタリア語と一番良い関係を築いている。2級の試験を受験するが、当然のことながら「合格したい」という気持ちの裏に、「今年は合格しなくてもよい」という複雑な気持ちも混じり合っている。
独学でイタリア語を始めたとき、目標は2級取得であった。イタリア語検定協会が示す2級の目安が「4年制大学のイタリア語専門課程卒業程度の学力」とあったからである。
高校生当時の私の学力では、当時存在した大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)イタリア語学科への入学は難しかった。大学を卒業し、仕事を始めて「独学であの場所に行ったのと同様の力をつけることができたら」そう思うとワクワクした。
しかし現実は前に述べた通り、学習・中断を繰り返し、精神的にも苦しみ続けた20年間だった。それが、今やっと2級に手が届きそうな場所にいる。そう思うと何かもったいないような、もう一年間2級の勉強したいような気がしている。
まあ、そんなことを言っても、今年も来年も不合格になる可能性もあるのでこの辺でやめておく。今は、年に1度しかない検定というイベントを楽しんでこようと思っている。
仕事の合間を縫って何とか最近は継続しているイタリア語学習であるが、実はそれを始めたきっかけは私の仕事にあった。イタリア語を使うといった直接の関係はないが「行うべきである」という私の直感に従っての行動であった。
あれから20年経った。7月最初の記事にも書いたが、私がモヤモヤから完全に離れるためには、私の仕事について語らなくてはならない。そのことは私の中で確信している。
しかし、それを行うことは私にとって勇気が必要なことである。私が抑圧してきた感情が、語ることによってよみがえり、それが私を傷つける可能性があるからだ。
私の仕事を語ることは、必然的にイタリア語学習を始めたきっかけにも触れることになる。
少しずつ気持ちを整えて、足場を固めながらその作業を始めていきたいと思う。とりあえず、今は年に1度のイベントに集中したいと思う。