曲がりながら萌える(後編)

札仙岡福

札仙広福(さっせんひろふく)という言葉があります。札幌、仙台、広島、福岡のことで、日本の3大都市圏以外で地方の中心となる都市を表します。地域を統括する官公庁があり、企業が全国展開するとき真っ先に支店を設ける街でもあります。

これらの街は人の行き来も多く交通も発達しています。当然JRの駅もその地方で最も大きなものになります。北海道、東北、九州を代表する駅はそれぞれ札幌、仙台、博多駅になりますが、話が中国地方になると少し異なります。

乗降客数で考えると中国地方の中心駅は広島となるかもしれませんが、駅の規模や路線の乗り入れ数を考えるとこの地方を代表する駅は岡山駅になります。

何しろ東西の大動脈である山陽新幹線と山陽本線を始め、瀬戸大橋線を経由して四国の各県庁所在地、智頭急行経由で鳥取、伯備線経由で米子や松江の各都市へと特急が運行されています。(高松は快速マリンライナー) それに加えて津山線、宇野線、赤穂線、吉備線と岡山近郊を結ぶ路線も乗り入れ、地図を眺めるとこの駅を中心に蛸の足のように八方へ路線が伸びているのがわかります。

瀬戸大橋が鉄道併用橋として開通した時点で岡山は中国地方の中心駅としての地位を得たと思います。広島を発着する在来線特急はありませんが、岡山では「やくも」「しおかぜ」「南風」「うずしお」「サンライズ出雲・瀬戸」「いなば」と六種類も発着しており日本でも有数です。

岡山駅は駅の規模でいうと札仙岡福であり、鉄道好きにとっては「鉄萌え」が果てしなく続く場所なのです。前後の山陽線のSカーブや駅に付属する施設を含めて、ここは私が日本で一番好きな場所の一つです。

岡山表町

鉄道好きが一日いても退屈しない場所、そんな岡山駅に私は妻と来ています。

もちろん妻は私のようには鉄道で興奮しません。ですから岡山での滞在時間は妻の希望を優先しました。妻は岡山の表町に行ったことがないからそこを歩いてみたい、といいました。表町は駅から岡山城へ向かって東に進んだ途中にあり、古くから岡山の商業の中心地です。

私は買い物には興味がありませんが、岡山駅が味わえるのならお安いものです。私たちはバスを西大寺町で降りてアーケードを歩きます。角には閉鎖された「三丁目劇場」が見えます。

この表町のメインアーケードへと続くこの東西の商店街はかなり寂れていましたが、かつては賑わっていたであろうという風格が感じられました。近くには新たに大規模な劇場も作られ、それに伴い路面電車の延伸計画もあります。目の離せない地域です。

東山に向かって歩き、アーケードの十字路を左へ曲がるとその通りが表町商店街です。私たちはぶらぶらと北へ向かって歩きました。途中天満屋へ立ち寄り、その近くの居酒屋で遅めのお昼を取ると、お酒が入ってその後の買い物はどうでもよくなります。

県庁通りの電停から路面電車に乗り、私たちは岡山駅へと向かいました。友達のお土産を選ぶ妻とは別行動で、飲み足りない私はお酒とあての弁当を物色します。散々迷い、結局岡山を代表する「祭りすし」を購入しました。この辺り、私は保守的な性格をしています。

弁当とお酒に加えて自分用の大手まんぢゅうを一箱とりレジへと向かいます。滅多に甘いものを買わない私ですが、内田百閒が愛したこの饅頭は別で岡山に行く度に買わずにはいられません。

さて、あとは神戸へ帰るだけですが、私たちは電車に乗って岡山から西へと向かいました。

残りの半分

東へ向かうべき私たちが西へ向かったのには二つの理由があります。一つ目は、適度にアルコールが入り体がだるくなった私たちは絶対に座って帰りたかったということです。そのため西からやってくる列車に乗って大量に下車する岡山で席を確保する作戦でした。

もう一つの理由は、私の個人的なものですが、今回この魅惑の岡山駅に訪問するにあたってS字カーブの残りの半分を味わいたかったからです。

S字カーブの東側の半分には、旭川橋梁、新幹線による「まくり差し」、岡山市街地、津山線合流、ディーゼルの車両基地が数分の間に一気にやってきました。西半分も負けていません。さていきます。

高架下で少し薄暗い岡山駅を発車して右側、宇野線用のホームが途切れると、一番向こう側にある線路が急カーブを描き、かつ標高をあげながら高架に上がっていきます。通称”桃太郎線”こと吉備線です。このローカル線もLRT化によってこれから化ける可能性を持っています。

吉備線が終わるとすぐに右手に留置線群が現れます。岡山は始発や終着列車が多い駅のため、結構な規模の留置線でさまざまな電車が姿を見せてくれます。

留置線の向こう側には宇野線が標高を上げながら徐々にこちらに近づき、そして山陽線の上をオーバークロス。運が良ければ四国行きの列車と地図上で重なります。

宇野線が去った瞬間、視線は左側です。なんということでしょうか、そこには機関区がありEF210を中心とする電気機関車たちが大集結。中には国鉄型のEF64、EF65、入替用ディーゼル機関車のDE10の姿も見えます。機関車好きの私にとっては夢のような場所であり、瞬きもせずに凝視し続けます。

そのためこの時点で新幹線に「まくり差し」されるのをいつも見逃し、我に帰ると左にいた新幹線が右側はるか遠くにいることになります。ただ、西側のまくり差しはカーブも緩いため、岡山駅東西の新幹線と山陽線のまくり差し勝負は迫力でいえば東側の勝利になります。

進行方向左側の「凝視ゾーン」は機関区を過ぎると右へと映ります。そしてすぐにどこを見ればわからなくなりパニックになります。

上下線の間には岡山貨物ターミナルがあります。東西を結ぶ山陽本線だけでなく、北の伯備線や、南の四国各貨物駅、隣の倉敷市水島地区からも貨物を集めてきます。貨物ターミナルの向こうには岡山電車区が、さらにその向こうには新幹線の車両基地があります。

ここには全部揃っているのです。ディズニーランドやUSJは行かなくていいから、このゾーンを自由に通行できるパスを売って欲しいと妄想します。

アドレナリンが放出されて放心状態になったまま私は北長瀬で下車しました。

地上のパラダイス

上り列車を待つ間、私は橋上駅の上から東側の貨物基地を眺めていました。手にはビールを持っています。真夏の昼間に酒を飲みながら幸せそうな顔で貨物基地を眺める中年オヤジ、近寄りたくない大人の姿です。妻は少し離れたベンチでうとうとしています。

眼下を見ると、相対式ホームで挟まれた上下山陽線の真ん中にもう一本の線路があります。貨物ターミナルからつながっている入替用の引き上げ線です。

やがて入替用機関車のHD300が牽引した数両のコンテナ車が私の方に向かってゆっくりとやってきました。車両はホーム半ばまで入り、やがて東側のポイントが変わると今度は機関車がコンテナ車を押してもと来た方向へ戻っていきました。

「ああ、なんて幸せなんだ」私は思わずつぶやきました。

とにかくここには鉄道好きの見たいものがすべて揃っているのです。新幹線による「まくり差し」が2度も見られる大Sの字カーブ、各方面から集まる路線、六種類にも及ぶ在来線特急、気動車区と電車区、機関区に貨物ターミナル。これだけ多くのものが一カ所に凝縮された街を私は他に思いだすことができません。

この「パラダイス感」は在来線の岡山駅が地上駅であることに関係しています。かつては姫路駅も地上駅でしたが、高架になるに際して貨物ターミナルや気動車区がそれぞれ郊外に移転されました。

姫路だけでなく一般的に高架化に至る流れは同様であり、鉄道黎明期に大きな街に駅と鉄道施設が作られ、後に人口増加とモータリゼーションの発達により高架化の話が出て、駅は客を乗降させる場所に特化した機能を持つだけの場所になり、その他は土地の安い郊外へ移転することになります。

現在岡山と同様の都市で地上駅のまま残っているのは京都と仙台くらいだと思いますが、これらの駅も車両基地や貨物施設は郊外に分散されており、岡山でみられるような集積度を保ってはいません。

私が今日訪問したな場所は鉄オタにとって日本で唯一の”地上”のパラダイスなのです。

私はパラダイスから東へ向かう列車に乗り、心地よい眠りの中現実世界へと帰っていきました。

関連記事:曲がりながら萌える(前編)  381で375

投稿者: 大和イタチ

兵庫県在住。不惑を過ぎたおやじです。仕事、家庭、その他あらゆることに恵まれていると思いますが、いつも目の前にモヤモヤがかかり、心からの幸せを実感できません。書くことで心を整理し、分相応の幸福感を得るためにブログを始めました。