怒りと悲しみと
「もう分からへんわ!」
その子は大きな声で言い放った。顔は怒っていたが目には涙が浮かんでいた。当時私は教師になって間もなかった。元々英語の教師になるつもりはなかった。生まれ育った場所で中学校の社会科教師をしながら生きていこうと考え、そのような道を歩んで来た。
しかし人生は面白い。私はあることをきっかけに生まれ育った場所を離れ、高校で英語を教えることになった。手探りであれやこれやと考えながら授業をしていたが、テキストの内容はそれほどレベルの高いものではなかった。
私は傲慢であった。自分が読んで簡単だと思うことを相手に教えたとしても、同様に理解できるはずはない。「どうしてこんなことが理解できないのだろう」心の中でそう思いながら教壇に立っていた。
そんな私の心をその生徒は見透かしていたのだろう。「わからへんわ」という言葉は英語に対してだけではなく自分に対して、つまり「どうしてあなたのような人間が教えているのかわからない」と言われているような気がした。
悲しそうな目をしていた。悔しさと悲しさと理解できない自分を責める気持ち、それらが混ざり合ったような目であった。
この子のケースほどではないけれど、教壇から前を見ていると似たような気持ちになった生徒に気づくことは多々あったし、それは経験を積んだ今でもそうだ。
「この子は全くわからなくて別のことで気を紛らわそうとしている」「答えを記入し、間違った時に自分が傷つくのが嫌で何もしないでいる」「できない自分に対していらだちを感じている。自尊心が傷つきそうになっている」
私は「わからない気持ちをわかる」必要があると感じた。だから自分が全く理解できない言葉を勉強することにした。「どうせやるなら独学してみよう」と思った。教えてもらうより難易度は高く「わからない」を超えた時の気分も良さそうだ。
私はイタリア語学習を始めた。もう20年以上も前のことである。
どうしてイタリア語だったのか。大学の時ユースホステルに泊まりながらヨーロッパを一人旅した。相部屋になったさまざまな国の若者たちと話し、たくさんの言語に触れた。
その中でイタリア語の音が一番よかった。芸術とかオペラとか料理に興味があったわけではない。ただあの終わりから第2音節にアクセントのある音韻が魅力的に思えた。そんなことを思い出しながら、私はイタリア語のテキストを購入した。
気持ちはわかった
結論から述べる。英語が分からない子どもの気持ち、よくわかった。わかりすぎるほどわかった。
できなくて悔しい気持ち、自分がバカだと思う気持ち、なぜこんなことをしなければならないのかという気持ち、本当に分かるようになるのかという不安な気持ち、あらゆるネガティブな感情が私の中に現れた。
むしろ自分はどうして英語をある程度理解できるようになったのか不思議なような気がした。一つの外国語をわかるようになることとは途方もなく難しいことのような気がした。
言語は数学の公式を覚えるように、ある日からあることが急にでき始めるものではない。どれだけ勉強しても自分がどのような位置にいるのかがわかりにくいものだ。前進したり後退したりを繰り返しながら、”なんとなくできるようになっている気がする”そんな性質のものだ。
わからない気持ちはわかった。その結果私は目の前の子どもたちの頭から出る「?」に気づけるようになった。「理解できることのほうがすごい」と教える気持ちに余裕もできた。そういった面ではイタリア語を始めたことは私にとって正解であった。
しかし物事には裏側がある。必要に迫られていたとはいえ軽い気持ちで始めたことがその後20年間にわたって私の人生を変えた。そしてそれは今でも進行中である。
私は沼にはまってしまった。まだ浅いうちに足を抜けばよかったのかもしれない。「忙しい日常の中でそのような時間はない」と判断し、素早く陸地に飛び上がればよかったのかもしれない。
私は足を抜くことができなかった。その結果、私の人生はそうでなかった場合とかなり違ったものになったと思う。喜びもあったが苦しんでいた時間のほうが長かった。少なくとも今の時点ではそのような評価である。
人生の評価は現在の心の様子で決まる。今後の過ごし方が私とイタリア語との評価を決める。
とりあえず今日は「沼の始まり」について語ってみた。もう沼から抜けられない自覚はある。それならそれで、またその中の気持ちを書いてみたい。