朝食
イタリア人の中には朝食を取らない人も多数いるという。また食べるにしても、例えばクロワッサンとコーヒーという風に簡単に済ませるのが一般的だそうだ。
日本のように塩気のあるものを中心に食べる朝食はイタリア人の味覚には合わない。そしてそんな日伊の違いはエッセイやイタリア語の例文でよく取り上げられる。
私は朝早く朝食を食べるのが苦手な人間で、特に前日にお酒を飲んだ朝は日本的な朝食を食べるのが辛く、イタリア人のように甘いパンとコーヒーで過ごしたい。
しかしながら、3月9日の朝は私は日本式の朝食を食べた。前日が土曜であったため私は当然お酒を飲んだ。しかもこの土日は妻が家にいなかったため自分で食事を作らなくてはならなかったが、それでも私は日本式の朝食をとった。
ジャガイモとタマネギとアゲとわかめ、具材たっぷりの味噌汁を作り白飯とともに丁寧に食べた。内臓が疲れないように、食べる量は腹6分ぐらいに抑えた。
今日は絶対に腹痛を起こしてはならない日なのだ。それでいて脳には考えるためのエネルギーを送り続けなくてはならない。私は家を出る前にバナナを一本ゆっくりと食べた。
会場へ
電車の中でポッドキャストを聞いながら声帯を振るわせずにシャドーイングをする。イタリア語検定の過去問を解くうちに、音声を録音している人の一人はヴィオレッタ・マストラゴスティーノさんであるという確信を持った。だから彼女の音声が使われている本をipodで聞いて耳を慣らすのだ。
JR東西線の大阪天満宮駅で下車して天神橋筋を南へ歩く。普段は多くの買い物客で賑わうこの通りもこの時間帯は人通りがまばらだ。アーケードを抜け旧淀川を渡る。
途中で立ち止まって周りを眺める。西に中之島、東に京橋、それぞれの巨大ビル群の間に私はいる。空は晴れ渡って川の上の風が心地よい。
途中コンビニに寄って温かいほうじ茶とチョコレートを購入する。試験開始の45分前に会場のエルおおさかに到着。エレベーターで5階へ上がり、受験会場の自分の番号の席に着く。
窓の外に見える景色、会場の雰囲気、どちらもゆったりとしているように感じる。イタリア語検定2級は年に一度の検定。私は今三浪目である。もっと緊張感があってもいいように思えるが不思議と落ち着いている。
私はチョコレートを一粒二粒かじって糖分補給しながら自作のノートに目を通す。このノートには過去十数回分の2級文法問題を解き、間違えた問題のポイントのみが記されている。問題が解けないことより、同じ部分でつまずく方がもっと辛い。自分の頭の悪さが再認識されるからだ。
ほうじ茶をちびりと飲み、ほっと息をつく。4年前の検定では、喉の渇きに任せて冷たいコーヒーをがぶ飲みした挙句、2時間の検定に膀胱が耐えられなく、急いで作文を書き上げると途中退席した。そんな未熟な自分から学び、少しのほうじ茶で口を湿らせて、試験直前に無理やりトイレで用を足す。
ノートを閉じでスマホの電源を切りカバンに直す。机の上に受験票と筆記用具とほうじ茶を置き、目を閉じて頭を空にしようとする。前回の試験から1年半、「やることはやった」と思いたい、そんな自分を上空か見ているメタな自分の存在を感じる。
手応え
聞き取り問題が始まる。前回は聞き取った内容から絵を選ぶ最初の4問で凍り付いてしまった。今回はほぼ全ての問題で2度目の放送が始まる前に内容がわかった。
多くの問題は過去十数年間の問題の焼き直しであった。漫画ドラゴン桜2で主人公の桜木建二は「20年分の東大過去問を解け」と言っていた。私は初めてイタリア語2級に挑戦した3年半前、過去問は三回分しか解いていなかった。
今回は手に入れられる過去問は全て解いて試験に挑んだ。ドラゴン桜は正しいと試験を解きながら私は感じた。
聞き取り問題ほどではないが文法・語法問題も解くことができた。私は普段仕事で英語の文法問題を作っている。問題には必ず聞きたいポイントがある。だから文法問題を解くコツはそのポイントをどれだけ多く覚えて整理できるかにある。
ただ語法に関して言えば、イタリア語は英語の大学入試問題のように大体の決まった枠がない。だから時々初見の表現に出会うことがあり戸惑ってしまう。そのような時は英語の語源学の知識と直感で判断し、エイっと思い切ってマークをする。
30分以上残して作文まで辿り着くことができた。テーマは「あなたの忘れることのできない思い出」。何を書いてもよい問題だ。私は実際の体験を少し脚色して記した。苦手分野であった作文のために、2冊の本を使って約1300の例文を日本語からイタリア語にできるよう練習していた。それだけやっていれば、なんとか格好はつけられる。
3浪目にして初めて、私は余裕を持ってイタリア語検定2級試験を終えることができた。地下鉄天満橋駅駅まで歩きながら、私は春の日差しと風を感じた。
試験のことなので結果は発表されるまでわからない、しかし手応えは十分にあった。私はイタリア語のことはしばし忘れ、電車を降りて昼呑みの暖簾をくぐった。