私バカです

苦しみの原因

何度も書いていることですが私は悲観的な人間です。コップ半分になった酒を見て「あと半分しかない」と思うと同時に「コップが酒で満たされていた時はよかったな」と感じる人間です。

だから「できた」ことよりも「できていない」ことに目がいき、そのことで悩んでしまいます。人生を謳歌するためには大変効率の悪い性格をしています。

私が文章を書き始めたのも、そんな性格を言語化することで客体化し「そうじゃないんだよ」と自分に言ってあげたいからでした。文章を書くことでたくさんの自分を知ることができました。そしてどうでもいいことで苦しむ自分を癒し続けています。

それでもなお、私のこの性格は隙を見ては現れて、マイナスの息を吐き、私の景色を曇らせます。

「できた」よりも「できていない」ことの方に目が入ってしまう代表格はなんといっても語学であります。私の人生は語学によって快感を味わうとともに、それによって苦しめられてきました。

「わからない」「思うように表現できない」「先が見えない」「満たされない」「何度やっても覚えられない」「続かない」そんな負の感情を語学は容赦無く私に与えてくれます。

始まりはどこでしょうか。

私は社会科科目、特に地理を教えたくて教師を目指しました。英語の免許は副次的に取得したに過ぎませんでした。

私の20代はちょうど就職氷河期と重なりました。だから文系学部で社会科の教員免許を持つ就職浪人が大挙して採用試験を受けにきました。そんな理由で私は少しでも倍率の低い英語を受けて教師になりました。

語学に関する最初の劣等感は英語に対してでした。

イタリア 台湾

教師になり忙しい中でも必死に英語は勉強しました。自信はありませんでしたが、言語自体も教授法もそれなりに身についていきました。そんな中、英語がわからなくて苦しむ生徒を見て「私もこの気持ちを味わってやろう」と思いました。

それが私がイタリア語を始めた理由です。何語でもよかったのですが、学生の時に聞いたイタリア人のアクセントが忘れられませんでした。だからイタリア語を始めました。

結論を言うと、英語がわからない生徒の気持ちは嫌と言うほどわかりました。そういった意味では当初の目的を達したわけですが、イタリア語学習には思わぬ副産物がついてきました。ただでさえネガティブな私の性格をさらに悪化させたのです。

私がイメージするイタリア人みたいに明るくなりたいと思いながら、私は暗い人間になっていきました。仕事が忙しく学習が継続できなかったからです。

語学学習は続けてなんぼの世界です。覚えたことは使わないとすぐに忘れます。そのことはわかっていても、私はイタリア語学習を家族や仕事より優先させることはできません。だから何度も、いや何十回も中止と再開を繰り返しました。

その度にできなかったことに目が行きます。「自分は続けられないダメな人間なんだ」と、今思えば大げさと思いますが当時は自分を否定する気持ちが大きくなっていました。

そんなイタリア語でも長年続けているとわかるようになってきます。相変わらず自信はないのですが、気持ちが大きくなる時もあります。そんな時に私は台湾語のテキストを買いました。2013年のことだったと思います。

台湾に興味があったのと、もう一度全く知らない言葉を始めて「わからない気持ち」を味わってみたかったからです。台湾華語にしなかったのは私の天邪鬼な性格です。華語ではなく現地の人しか知らない台湾語を話して驚かれたい、というスケベ心もありました。

台湾語学習は続きませんでした。英語・イタリア語と並行しながらのそれです。時間がありません。忙しい職場に勤務していましたし、子供達にもまだまだ時間を取られていました。

台湾語中断に関してはそれほどネガティブな気持ちになりませんでした。もともと「3カ国は流石に無理やろ」と思っていたからです。「いつかは再開したい」という思いを残しながらテキストから遠ざかりました。

ブログを始めて

2019年6月、私はこのブログを始めました。当時の心理状況はかなりやばく、すがるような気持ちで自分の気持ちを書き始めました。

心を苦しめている原因の一つはやはり語学でした。プロフェッションである英語は当然ですが、イタリア語も続けていました。失うものが怖かったのです。

二つの言語を学びながら「できないこと」に目が行きすぎる自分が嫌になり「客観的なお墨付き」を得たいと思いました。

だから英検1級とイタリア語検定2級を取得することにしました。そしてその両方を取得することができました。加えて瓢箪から駒的な出来事があって全国通訳案内士の資格も取りました。

それでは当初の私の思惑通りこの二つの言語に関して「できないこと」に対し悩まなくなったかというと、全くそんなことはありません。頂に立ったと思った瞬間、はるかに高い頂が見えるのです。

つくづく幸せを感じにくに性格をしていると自分を恨みたくなりますが、この頃新たな変化が現れ始めました。

子供達も手を離れ、仕事も楽になってきたのです。こうなると私の語学の虫が騒ぎ始めます。私は眠っていた2冊の台湾語のテキストを取り出し、学習を再開しました。

シナジーの果てに

私は思った以上に記憶がよいようで、短期間で放り投げたテキストも結構頭に残っていました。特に最初に買ったテキスト「ニューエキスプレス台湾語」はほぼ日本語を見ながら台湾語に置き換えられる程でした。

こうなれば学習が面白くなってきます。私はジュンク堂書店三宮店四階へと向かいました。神戸で一番語学書の品揃えがよい場所です。そしてそこで3冊目の台湾語テキストを手に入れました。

そして、そのことが本日のタイトル「私バカです」への入口でした。

新しいテキストは明日香出版社のものでした。「台湾語会話」の表紙を見て買いましたが、中身は台湾語と台湾華語の併記でした。

一つのフレーズが日本語、華語、台湾語の順番で書かれており、付属のCDもその通りに読まれます。したがってListen & Repeatの練習をしていると必ず華語が耳に入ることになります。

最初は華語は無視して練習していましたが、それも面倒臭いので私は一緒に発音するようになり、そのうち華語の勉強も始めてしまったのです。

二つは異なる言語とはいえ共通点もたくさんあります。さらに学習するうちに、日本の漢字の音読みがどちらの言語からも影響を受けていることに気づきました。相乗効果です。

台湾語を少し勉強してたことが華語の理解を助け、さらに日本語との関係も仄めかしてくれるのです。私はこれは面白いと感じました。

さて、タイトル回収です。台湾語と台湾華語の関係を面白いと思った私の脳裏にある考えが浮かんできました。

「これってイタリア語と他のラテン系言語の間でも同じなのでは」

私はよく考えずに行動することがあります。ワクワクを感じる時です。この時もそうでした。

私はポルトガル語のテキストを買い勉強し始めました。これだけ「時間がない」と言い、語学学習に苦しめられたにも関わらずです。

現在5ヶ国語を毎日学習しています。仕事以外はそれしかしていない感じです。自分で自分のことをバカだと思います。どうしてこんな性格をしているのでしょうか。

ポルトガル語を選んだ理由については改めて記します。

投稿者: 大和イタチ

兵庫県在住。不惑を過ぎたおやじです。仕事、家庭、その他あらゆることに恵まれていると思いますが、いつも目の前にモヤモヤがかかり、心からの幸せを実感できません。書くことで心を整理し、分相応の幸福感を得るためにブログを始めました。