鉄萌えMAX(前編)

乗車前から

「ジリリリリリリ!」

ホームに電鈴が響く。電子音ではない。物理的に鉄製の鐘を叩いている音がする。それだけで私の肌の毛穴がキュッと閉まる。「ウキョーッ!」と叫びたくなるが、良識ある大人としてそれはしない。その代わり心の中でありったけの声を上げる。

果たして日本の駅で電鈴を耳にしたのはいつのことだろうか。幼き日に聞いたことがあるような気がするが、いつどこでのことなのか思い出すことができない。昔の映像と私の現実とを混同している可能性もある。

いずれにせよ、現在私が利用する鉄道のホームでは電鈴はおろか電子音のブザーも聞くことがない。どこもシンセサイザーによって奏でられるメロディー付きの音楽になった。

ここは台鉄台北駅の南行きホーム。「ジリリリ」の電鈴は列車の入線を告げるものだった。ホームには台鉄の職員が東側を向いて立っている。ここは地下駅であるが列車が来る方向を考えると東であるに違いない。

列車接近音が徐々に大きくなり暗闇の先に灯りが見える。そのライトの中から徐々に列車の輪郭が現れてくる。

「E500型機関車だ!」

鳥肌に加えてアドレナリンが血中を駆け巡る。

5年ほど前、鉄道オタクとして信じられないニュースを耳にした。東芝が台鉄から大量の電気機関車を受注したというものだった。

「電気機関車?電車の間違いでは?」

鉄道界では一両の機関車が多数の客車を牽引する動力集中方式よりも、各車両の床下に動力装置を付けて複数の車両が動力源となる動力分散式が主流である。その傾向は特に日本で顕著であり、現在貨物列車以外で機関車が牽引する列車は臨時のものを除くと存在しない。

そんな世の流れにあって台鉄は東芝に大量の電気機関車を発注したのだ。

「一体何に使うのだろう?」

私は興味津々で台湾にやってきた。そんな私の目の前に東芝製E500型に牽引された莒光号が現れたのだ。私は列車に乗る前から鉄萌えMAXの状態になっていた。

客車列車

この冬妻と二人で台湾を訪問した。前回の訪問は台北付近のみだったため、今回は台南まで足を伸ばすことにしたのだ。私は台湾語の学習をしているので話者が多い南方に行ってみたいこともあったが、それ以上に台鉄に、それも客車牽引列車に乗りたいという理由があった。

乗車した莒光号は台北発9時15分発新左営行きであり、私たちは途中の彰化まで乗車する。「彰化」と聞いてわかる人はわかると思うが、ここには日本でも知られたマニアックな見どころがある。もちろん鉄道関係である。

出発の電鈴が鳴り、列車は静かにホームを離れる。この「静かに」は比喩表現ではなく、文字通り騒音がない状態を示している。電車は床下に駆動機器があるため常にモーター音やコンプレッサー音が聞こえてくる。それはそれで味わいがあるのだが、駆動装置のない客車の静寂さは日本ではほぼ味わうことができなくなったのだ。

「これこれ、この感じ」

私は機関車によって客車が静かに引き出される感触を味わっている。日本でも、20年前なら少し残っていた寝台列車で体験できた。40年前には昼間の列車でもかなり機関車牽引列車が残っていた。私が前回この感触を味わったのは、台北から九份最寄駅の瑞芳まで同じく莒光号に乗車した2019年12月のことであった。

台北の地下区間は板橋まで続く。地上へ出て大きな川を渡りしばらく並走していた高鉄(台湾新幹線)は右手へと分かれていく。台北から台南まで約300キロ。日本であれば新幹線を利用する距離である、というか日本では新幹線に並行する区間には特急・急行列車の運行がない。

日本では新幹線も在来線も同じJRが運営しており、JRとしてはできるだけ運賃の高い新幹線に旅客を誘導したい。だから新幹線と在来線が並行する区間を列車で移動する際は、新幹線か快速を含む普通列車かという極端な選択肢しかない。

ここ台湾では台鉄と高鉄は別の事業体である。だから台北から新左営まで新幹線が開通した後も、在来線には多数の優等列車が運行されている。だから私の乗る莒光号の窓からもさまざまな種類の列車とすれ違うのが見える。ときには側線に入り特急列車である自強号に追い抜かれる。たまらなく愉快である。

海線から彰化へ

樹林を発車した頃で八両編成の車内は6〜7割の入りとなった。私にとって嬉しい誤算である。台鉄は急行列車にあたる莒光号を廃止する方針という情報を目にしての訪台であった。きっと特急列車にあたる自強号や普悠馬号に乗客を奪われていると思っていたが、途中駅での乗り降りも多く、彰化まで常に半数以上の席が埋まっていた。

予想以上の利用客であったが、莒光号の客車は製造からかなりの年月が経過しており、見た目の古さは否めない。日立製の電車EMU3000型を増強している中で、これから台鉄が莒光号用の客車を新製するとは考えにくく、やはりこの列車は消えゆく運命なのかと寂しく思う。

それだけに、日本ではもう味わうことができない客車の乗り心地、静かな車内とゆっくりした加減速を意識して味わいながら私たちは南へと下る。

列車は新竹を過ぎ、竹南から通称「海線」と呼ばれる台中中心部を経由しない路線へと入る。現在は半導体の街として知られる新竹は、もともとビーフンで有名な街だ。風の強い気候が米粉で作った麺を乾かすのによいという。その風のせいか海線沿いの植生は低木が多い。

莒光号は2〜3駅ごとに停車していく。私の乗った6号車は各駅のだいたい真ん中あたりに停車する。停車駅のホームには駅員がおり発車前に例の電鈴を鳴らす。どの駅のそれも台北と同じ「ジリリリリ」である。普通ならうるさいと感じるこの音も、列車で聞けば心地よくその度に毛穴がキュッとなる。

台北からもう3時間が経過している。500mの缶ビールを1本とポテトチップスを一袋開けた以外は何もせず、ひたすら窓の外を観察しこの列車の乗り心地を楽しみ続けている。新幹線に乗れば1時間ほどの距離である。こんな夫に付き合ってくれる妻には感謝している。

列車は台中市内に入ったが都心はかなり東側にあり、こちらは郊外の街を通過していく。途中に側線群があり、そこにはこれから廃車になるであろう色褪せた車両たちが泊められていた。そこには大量のディーゼル車に混ざって莒光号用の客車の姿もあった。

追分を過ぎて台中方面への連絡線を左にやり、しばらくすると竹南で別れた山線の複線が近づいてくる。合流するのかと思いきや、海線の複線と合わせた4線で烏渓の大河を渡り、渡り切ってから4線が2線に合流して彰化駅へと入線した。

この様子、普通の人が見たらなんでもない光景であるが、鉄道好きにとってはたまらない配線であり、私は鉄萌えMAXのまま彰化駅へと降り立った。

ここには鉄道好き垂涎の施設、日本統治時代に建設された扇形機関庫が現存しており、私たちはこれからそこを見学するのだ。私たちは今までお世話になった莒光号をしっかりと見送ってから改札口を出た。

一話にまとめるつもりであった台鉄話であったが、ここまでが予想以上の長さになったため、これを前編として続きを書くことにする。

投稿者: 大和イタチ

兵庫県在住。不惑を過ぎたおやじです。仕事、家庭、その他あらゆることに恵まれていると思いますが、いつも目の前にモヤモヤがかかり、心からの幸せを実感できません。書くことで心を整理し、分相応の幸福感を得るためにブログを始めました。