命=時間
私は高等学校で英語を教えています。中学校で社会科を教えることを目標に大学を卒業しましたが、なぜか今のような状態になりずいぶんと経ちました。
仕事を始めて今までにいろいろなことがありました。こんな仕事は嫌だと思ったこともある一方で嬉し涙を流したことも何度もあります。
やりがいも自分で求めればついてきますし、給料やボーナスも保証されている安定した仕事です。このまま何もなければ定年後再雇用が保証されている65歳まで働くことができます。そうなれば私は贅沢はできませんが経済的には余裕をもった暮らしをすることができます。
高校教師はそのようなよい仕事だとは思うのですが、今私はこの仕事を辞めることを考えています。
このブログにもたくさん書いてきたことですが、フルタイムで教師をすることと私がやりたいことのために時間を割くことは両立することができないのです。
多くの人が語る真実を私はよく生徒にも伝えます。それは「命とはこの世にいることができる時間に他ならない」ということです。
幸運なことに私はこの世に生を受けることができました。それは何時尽きるのかわからない時間をいただいたということです。これを書いている間も1秒1秒、私は死へと近づいています。
100歳まで今と同じような体と心の状態でいられるのなら、私は65歳までこの仕事を続けます。そして残りの35年でやりたいことを行います。
しかし現実はそうではありません。平均的な健康寿命は、伸びているとはいえ男性では70数歳にすぎません。
では今すぐ仕事を辞めてやりたいことをする、それもアリで実際にそうしている人もいます。自由に生きながらそれを発信することでお金を得てさらに自由に生きる、そんなことができる人もいます。
「お前もそんな生き方に飛び込んでみろよ!」
時々そんな心の声が聞こえてきます。
しかしもう一方で「子供の教育費やローン、老後の資金はどうするよ?物価は上がっているし、長生きリスクもあるぞ」そんなもう一人の自分のささやきも耳に入ってきます。
楽しみはそこそこにして歳をとるまで安定を求めるのか、リスクをとって元気なうちに自分のやりたいことをやるのか、いつかどこかで決断をしなければなりません。自分の納得できる命=時間の使い方を選択する必要があるのです。
カレンダーに書いた数字
私は考えました。妻とも話をしました。退職金も計算しました。そして私はあと3年でこの仕事を早期退職しようと決めました。ちょうど1年前のことです。
3年間に入る収入を考えながら、ローン、子供の学費、翌年度の住民税、退職後に必要な費用、これらを退職金から差しひいていきます。ざっくり計算してみると数年間は無職でも食いつないでいけそうです。
「お金がなくなったらまた高校で英語を教えればいい」そう考えると気持ちが軽くなりました。そうです、私の職場にも1年契約の常勤講師は教科を問わず多くいます。給料は正採用の職員より低めですが、私たち夫婦二人が食べていけない額ではありません。
私は妻に「あと3年で辞める」と言いました。
妻は「いいよ」と言ってくれました。
あれから1年経ちました。計画通りなら2年後の2027年春に私は退職をします。その日を心待ちにしながら過ごしていましたが、校内人事の絡みでいろいろありまして私はこの春から3年間の責任ある立場につくことになりました。
計画は1年伸びました。しかし、1年だけです。次は何を頼まれても断ります。
私の机には折りたたみ式のカレンダーが置かれています。馴染みの立ち飲みから毎年いただくもので「ホッピービバレッジ」が作成しているものです。
私はそのカレンダーの4月1日の欄に「1096」と記しました。今から3年間、365日×3年に閏年の1日を足した数字です。
カウントダウンの始まりです。この数字が0になった後、私はどのよな人生を迎えているのでしょうか。
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父母が動けるうちに米や野菜作りを学び、それを応用して自分の作りたいイタリアの野菜などを少しづつ栽培し、それらを友人や家族などと味わう。その場所として実家に併設した車庫の2階をDIYで改装して、そこに地域の人が集える明石焼きの店を作る。
私はこの世に生をいただきました。日本という豊かで平和に国に暮らすことができています。今まで大した病気もせずに過ごしてきました。私はこれらの僥倖を噛み締めながら、1096日間をかけてこれからのことを考えていきます。