本気で挑む人

漢字好きのイギリス人

同じ職場で働く案くんはイギリス人でロンドン出身です。私は米語よりもイギリス英語の方に興味があるため、彼によく質問をします。中途半端な英語の使い手にありがちなことですが、私も河口域英語やロンドンの方言が話せたらかっこいいなと思うので彼にいろいろと質問しようとするのですが、意外と反応がありません。

彼はアッパーミドルなのでコックニーは話さないし、Estuary Englishも分からないというのです。「そんなの分かれへん」と関西弁で答える彼は、逆に私に数多くの日本語に関する質問をしてくるので、私も「分かれへんなあ」とお互い様です。

言語を獲得する方法は大雑把に言って2種類あります。厳密に言えば、この2種類の間に無限のバリエーションがあるのですが、ざっくり分けると「感覚と理屈」ということができると思います。

幼い状態で母語を獲得するとき、私たちは母語の絶え間ないシャワーを浴びることで、それを感覚として身につけていきます。反対に、一定の年齢に達した後外国語を学ぶときは、理屈を持って学びます。したがって、ほとんどの人は母語の理屈の部分を尋ねられても答えることができません。

例えば、普通の日本語の話者は日本語の否定文の作り方を体系的に説明することができません。「動詞の語幹に”ない”をつける」大抵の人はここまでは言えます。しかしすぐに「する」や「くる」という動詞の扱いに困ります。

一方で普通に英語教育を受けた日本人であれば、英文の肯定文を否定文にする方法を知っています。文に「be動詞があるか」「助動詞があるか」「どちらもないか」の場合分けです。

自分の母国語よりも外国語のことの方が詳しい場合もありうるのです。そんなわけで、こうやってイギリス人の案くんとお互いの言葉について質問し合うことは、自分の母国語についての気付きを与えてくれ、理解を深めてくれます。

そんな案くんですが、私が今まで一緒に仕事をしたどの外国人よりも熱心に日本語を勉強しています。休憩時間にはいつも漢字を覚えるアプリとにらめっこをしています。正確な価格は忘れましたが、確か数万円をはたいてダウンロードした一生涯有効な漢字学習アプリです。

そんなアプリを行いながら、先日彼は私に質問をしてきました。

「伊達の読み方は”だて”でいいか?」

彼はすでにかなりの日本語の語学力を身につけています。今年の目標は。日本語検定の”N2”レベルをクリアすることだと言っていました。

アプリが終わればノートに文法事項をまとめると言っていました。私はそのノートを見せてもらいましたが、日英の熟語の対訳とその例文がびっしりと書き込まれていました。

元々「漢字の形がカッコいい」という理由で日本語学習を始めた彼ですが、自分なりに工夫して学習方法を確立し、そして力を伸ばしています。

北海道旅行

この冬、私は北海道に行きましたが、実は案くんも同じ時期に友人とそこにいました。彼にとっては初めての北海道で、旅行の前いろいろと私とそこでの楽しみについて話盛り上がっていました。

旅行の直前、彼は私に旅行に持っていくものについて教えてくれました。防寒用の肌着や携帯用カイロに加え、日本語のテキストも忘れずに持っていくと言っていました。

「旅行先で勉強するのか」と私は尋ねましたが、彼は当然というような表情で「ある程度のレベルまでは一気にやらないと身につかないから」と答えました。

これは私にとって耳の痛い言葉でした。

私には中途半端に学習と中断を繰り返しながら、学習期間の割には全く身についていない言葉があります。何度も記事に書いたあの言語、そう、イタリア語です。学習を中断していますが台湾語もそれに入ります。

私は更に質問を続けました。動機付けのこと、学習時間のこと、生活の他の部分との折り合いのこと。私よりずっと年下の彼ですが、落ち着いた表情で一つ一つの質問に答えてくれました。

彼にとっては北海道へ旅行するということは、その期間日本語の勉強を休むという理由にはならないそうです。なぜなら、旅行中であっても普段と同じように過す時間もあり、それらの時間を上手く組合せば勉強できないことはないというのです。

そして何より彼は優先順位について語っていました。

彼は日本語を楽しみながら学習したいそうなのです。具体的には日本語の本やマンガを読んだり、ドラマや映画を観たりということです。しかし、その楽しい学習を可能にするのはその前段階にある集中しての単調な学習であると彼は考えているのです。

今はその集中した学習の期間なので、旅行に行こうがどうしようが、学習は継続されなければならないということです。彼にとっては日本語学習の優先順位は旅行よりも高いのです。

説得力がある

彼の語学学習熱についてもう一つエピソードがあります。

私と同様に、案くんもお酒が大好きです。しかし、普段は家で好きなお酒を全く飲まないと言っていました。理由を尋ねると「日本語の勉強ができないから」と、さらっと答えました。

再び私の胸はドキッです。

「少し飲んでから勉強しよう」お酒を口にする前毎回そう思い、まったくそうならないことを実感し続けている私です。彼の意思の力は本当にすごいと感心しました。

そんな彼を動機付けているものは「日本語を自由に使い、小説やマンガを楽しそうに読んでいる自分の姿」であるそうです。彼は、その姿を追い求めて今の単調な学習を集中して行っています。

私がすごいと思うのは、彼の日本語の力が目に見えて伸びていることです。仕事上は英語でコミュニケーションをとるのですが、時々私にする日本語の質問や作文からそれは十分に伝わってきます。

「次回の日本語能力試験はN2に合格する」彼は自信ありそうにそう言います。彼の普段の学習の様子を見ていると、それは十分に説得力のある言葉です。

単純に比較をしてもダメですが、案くんの日本語に対する姿勢からは私も学ぶことが多いと感じています。本気で力を入れれば短期間である程度のレベルまで到達できると示しているからです。

「外国語を学ぶことは自分を変え、外の世界を見る視点を変えてくれる」私と案くんが共通して感じていることです。

「もう日本語を学ぶ前の自分には戻れない」彼はそう言います。全く同感です。私もこの世界の20%ぐらいは英語で切り取ろうとしているし、5%ぐらいはイタリア語でそうしようとしています。

コミュニケーションとか国際交流とか、そういったことの前に、外国語を学ぶことは自分と自分以外の世界との関りをより色鮮やかにしてくれるのです。

この素敵な同志とこれからも切磋琢磨できたらと思います。

投稿者: 大和イタチ

兵庫県在住。不惑を過ぎたおやじです。仕事、家庭、その他あらゆることに恵まれていると思いますが、いつも目の前にモヤモヤがかかり、心からの幸せを実感できません。書くことで心を整理し、分相応の幸福感を得るためにブログを始めました。