健康のため?
私が働き出したころ、土曜日が来るのが楽しみでした。もちろん仕事が休みになるということもありますが、もう一つの理由はこの日がお酒を飲める日だからです。
「お酒を飲める日?」このように書くと「いつ飲んでもいいんじゃないの」と突っ込まれそうですが、当時の私は飲み会など特別なことがない限りは平日は飲まないと決めていたのです。
今から思えばずいぶんと牧歌的です。週に5日飲まなくてもお酒に関しては十分満足できていたのです。独身で、脂っこいものを食べ、タバコを吸い、砂糖の入った缶コーヒーをよく飲んでいた健康によくない生活でしたが、それでも肝臓は休まっていたと思います。
今は野菜や魚が大好きで、タバコも吸わず、缶コーヒーを始めとする清涼飲料水はほぼ口にしません。ここだけ見ると健康的な生活をしているように思えます。しかし、これらに変わって私の生活にアルコールが入り込んできました。
放っておいたら毎晩でもお酒を口にしたいと思いますし、休みの日になると昼飲みをしたい衝動に駆られることが多くなりました。健康診断の数値がよくないので、何とか週二日の休肝日を設け、それを三日にできるかどうかのせめぎ合いを毎週のように続けています。休日の昼飲みも、旅行中や友人との会食時のみに抑える努力を続けています。
そのような涙ぐましい努力にもかかわらず、私の肝臓の数値は、加齢も加わってそれほど改善されません。それなら少しでも体に優しい酒(形容矛盾?)ということで焼酎を飲む割合を増やしている昨今であります。
私はビールや日本酒といった醸造酒の方が好きなのですが、これらは蒸留酒に比べてプリン体が多く、尿酸値の高い私にとっては注意すべきお酒なのです。
私は蒸留酒をあまり積極的に飲む気になりません。酒を味わうというより「アルコールを摂取している」という気になるからです。「いい気分になりたくて飲んでいる人間が何を言うのか」というツッコミが入るのは分かります。しかし、食べ物の味を引き立ててくれるのは圧倒的に醸造酒、特に日本酒だと思うんです。
それでも体のことを気にかけて、焼酎を飲む割合を増やしています。飲み方は冬は湯割りで、残りの時期は炭酸水で割ります。梅干しやレモンなどは入れません。
焼酎を飲むなかで一番おいしいと思えるものがあります。それは宮崎県にある雲海酒造の作る「そば焼酎雲海」、その中でも紙パックのものです。
うまさの理由
全国に焼酎を作っている蔵はどれぐらいあるのか見当がつきませんが、その中でも雲海酒造は間違いなく最もメジャーな蔵の一つです。私が物心ついたころからテレビやラジオでコマーシャルを流していますし、広告を目にすることもよくあります。
私がこの焼酎をおいしく飲むことができるのは、おそらくこのことと関係していると思います。どういうことでしょうか。
私は正直言って焼酎の味がよくわかりません。原材料の違いによって香りが異なることは感じますが、日本酒のように口のなか全体で感じるような旨味をとらえることができないんです。
これは私の舌の感度の低さによるものかもしれませんが、もう一つの大きな理由は、私が焼酎の味わいに関してそれを表現する語彙を持っていないということがあります。
世界的なワインソムリエである田崎信也氏が焼酎について書いた本がありました。ということは、わかる人が味わえば焼酎の繊細な味の違いが表現できるのです。当然ですね。これだけ種類があって人々に愛されているお酒ですから。
ただ私の場合、味わいを表現する言葉を持たず、香りが爽やかとか鼻につくという程度でしか表せません。これが日本酒なら「甘口・辛口」「淡麗・豊潤」「日本酒度・酸度」「薫・熟・爽・醇」などのマトリクスを頭に描いてそこに落とし込むのですが、焼酎ではこれができないんです。
したがって私が雲海を好きな理由は、焼酎好きからしたら「なんやそれ」と思うような理由になります。以下に記してみます。
1.メジャーである
日本でも有数の酒造会社の焼酎です。CMもよく耳にしてきました。パッケージを見ると、川中美幸さんのあの「♪そばじょうちゅう~うんかいぃ~♪」という歌が浮かんできます。
慣れとは恐ろしいもので、雲海を注ぎながら私はこの歌詞を歌い、よい気分になっています。酒屋さんでも雲海のパッケージを見ると、自然とこの歌が出て商品に手が伸びます。艶のある歌声で、焼酎も美味しく感じられます。
2.パッケージの色
雲海の紙パックの配色が絶妙なんです。ポイントは数種類の緑色の使い方です。一番上の部分が濃い緑で、その下が白、そこから上と同じ濃い緑のそば畑の写真に向かって淡い緑が続きます。そしてボトムラインは黄色の線が入った金色。しまります。
このパッケージを見ていると、焼酎から吟醸酒のような香りが漂ってくるような気になります。実施に瓶の雲海を飲んでも紙パックほどおいしく感じないのです。瓶の雲海は何種類かありますが、どれも紙パックのデザインにはかないません。味は視覚に関係しているのだと思えます。
3.オヤジギャグ
私が雲海を好きなのはこの理由が一番大きいかもしれません。私はこの焼酎の名前を一日何度も、日によっては何十回も口にします。
日に日にオヤジギャグがひどくなっていく私ですが「うんかい」は、「~なんと違うんかい」という文脈で出てきます。例えば「その書類はもう作成したんと(そば焼酎)ちがうんかい」といった風にです。
( )の中が私の心の中で叫ばれる声です。実際はこういう言い回しを他人に使うことはあまりありません。口調がきつくなるからです。しかし、独り言では頻繁に使います。
「えーッ、ビールまだ冷蔵庫に残ッてたんと(そば焼酎)ちが雲海!」と、こんな感じです。「自分サブリミナル効果」のようなものです。雲海が飲みたくなる素地を毎日自分でコツコツと作っているのです。
実は…
「料理に合うのは日本酒である」とか「焼酎は味がよくわからない」といった内容の文章を書きました。そのことはある部分では本当にそう思っているのですが、私は別の部分では自分をダマしています。
私は紙パックの「そば焼酎雲海」が実際においしいと思って飲んでいる一方で、「これ以上の焼酎はない」と自分に言い聞かせようとしているのです。
なぜでしょうか。
それは、蒸留酒にまで興味を持ったら私のモヤモヤは増加し、ただでさえ数値の悪い肝臓が悲鳴をあげると思うからです。
焼酎を温めたとき不思議な香りがすることがあります。なんともいえない神秘的な香りです。奥が深い酒であると思います。鹿児島では焼酎を水で前割りしたものを温める「黒じょか」という容器があります。名前だけで美味しそうです。こんなものを買ったらもう最後です。私はいろいろな焼酎を買って飲みまくるでしょう。
同じ蒸留酒であるウィスキーも同様です。仕事で疲れて帰宅したとき、無性にウィスキーが飲みたくなるときがあります。あの香りを体が求めるのです。
私が飲むのは値段も手ごろなブレンディッドウィスキーです。しかし、時にシングルモルトの瓶を見ると「ピンで勝負できるウィスキーとはどんな味がするのだろう」と興味が湧いてくるのです。
私たちはいろいろなものを天秤にかけ、取捨選択しながら生きています。あることを選んだ裏側には、行われなかった無数の選択肢が存在します。
強欲になりすぎると、時にそれは自分を苦しめることになります。実際に私は今までそのことで苦しんできました。どこかで何かを捨て、そんな自分も認めてあげる必要があります。
私は大好きなお酒と自分の体を天秤にかけ、「日本酒について勉強しながらちびりちびり」「そば焼酎雲海がおいしいからそれ以上は深追いしない」という決断をしました。
仮に、私が最強の肝臓と無限の時間とお金を手に入れたら、日本酒に加えて焼酎やウィスキーの世界を追い求めるでしょう。しかし、今の状態でそれをやってしまったら、自分の人生が狂ってしまうことはわかります。
それにしても、温めた焼酎は危険な香りがします。そちらの世界にはまりそうになったら「お前は雲海が一番と思ったんと(そば焼酎)ちが雲海!」と自分に言い聞かせます。