乗らないツーリングクラブ

三年ぶりの

「今年は三年ぶりにモーターサイクルショーが開催されますよ。行きませんか?」

Kさんからグループラインを通じてやってきました。日時は3月17日~19日の三日間。18日なら都合がつきそうでしたので、そのように返信すると他のメンバーたちも合わせてくれて、私たちはその日インテックス大阪へ行くことになりました。

このツーリングクラブのメンバーとは、行きつけの立ち飲みで知り合いました。お酒を飲みながら話をするうちに、バイク好きだとわかった常連が声を掛け合って結成されました。いわば、酒好きのバイク乗りたちであります。

外は一日一日春の装いを深めております。バイク乗りにとって凍える寒さから解放される嬉しい季節であります。本来ならモーターサイクルショーにもバイクで行くのが当然と思われるところです。しかし「大阪で立ち飲みのハシゴをするのもいいですね」ということで、あっさり電車で行くことになりました。

「まあ、ツーリングクラブとしてもモーターサイクルショーに行くということで面目は立つわけで…」そのような言い訳を言い合いながら地下鉄中央線のコスモスクエアで下車しました。

この駅から現在夢洲の万博会場に向けて地下鉄の延伸工事がおこなわれています。私はバイクも好きなのですが、元来鉄ヲタでもあるのでそのあたりの気配を探りながら、キョロキョロと挙動不審な様子であたりを見ながら歩いて行きます。

この辺りは普段阪神高速湾岸線からはよく見るのですが、地上に降り立つのは本当に久しぶりで前回はいつなのか思い出せないくらいです。高度経済成長以前、大阪の西の端は安治川河口、地下鉄大阪港駅の当たりで私が今立っている場所は完全な埋め立て地です。

神戸の人工島もそうですが、すべてが人工的で形が整いすぎていて、私にとってはなんだか落ち着きません。今までずっと古いものと新しいものが混在した場所に住み続けているせいでしょうか。この辺りも、あと100年もすればいい感じで古きと新しきが混ざり合うのか、そんなことを考えながら歩きます。

ボクサーエンジン

会場に近づくと明らかにバイクが好きそうな人たちの姿が増えます。実際にバイクに乗って来場している人も多いです。思い思いのライダースジャケットに身を包み、誇らしさと期待が混ざったような足取りで会場に入っていきます。私も四半世紀以上着続けているSchottのジャケットで来ようかどうか迷いましたが、後の立ち飲みをハシゴすることを考えて動きやすい恰好で来ました。軟弱ものです。

会場に入り、時計回りに展示を見ていきます。周辺パーツを始めとしてバイクに関するさまざまな業者が参加しているのですが、やはり人だかりの中心はバイクメーカーです。

BMW

混み合うBMWのブースでしばらく過ごします。このメーカーのバイクを見ていると自分の価値観の変化を感じることができます。このメーカーのバイクの一番の特徴は、水平対空二気筒のエンジンです。ものすごく存在感があります。というか、かつての私にとって存在感がありすぎてカッコ悪いと思っていました。

短い翼のような変に出っ張ったエンジンをつける意味が私には理解できませんでした。当時はカワサキのゼファーのようなデザインのバイクこそ、スマートでカッコいいと思っていました。今でもゼファーのデザインは好きなのですが、月日の経過は私にBMWのボクサーエンジンがよいと思える感性を与えてくれました。

バランスとかパワー特性とか専門的なことはよくわかりません。私に理解できるのは、時を経ても変わらず受け継がれるものが持つ美です。一時で消えていくデザインならいざ知らず、あのエンジンは100年の歴史を持ちます。これだけ続くと皆が慣れてしまい、景色の一部になります。ちょうど、BMWの自動車のフロントグリルがそうであるようにです。

どんな乗り心地のエンジンだろう、と思います。バイクに乗ることができる残された日々を考えた時「一度はこのバイクを持ってみたい」という気持ちになります。ただ、維持や手間を考えた時、国産車のように簡単には決断できません。後ろ髪惹かれるような気持ちで次のブースへと向かいます。

人気復活

当初は四人で回っていたのですが、入場者が増えるにしたがってそれも困難になってきました。他のメンバーとはぐれたり再会しながら思い思いの場所を巡ります。

国内四メーカーのうち、スズキとカワサキが比較的すいていたのでその二つを周ります。とは言え「隼」や新型「エリミネーター」の跨り体験には長蛇の列ができているのでそれはあきらめます。

エリミネーター

かつて明石市にあるカワサキの工場に隣接して、バイクの教習所と展示場がありました。私はたまにそこへ行き、W650やゼファー1100を眺めて「これに乗ってみたいな」と呟いていました。合理化のせいか、その展示場もなくなった今、このように多くのカワサキ車に触れるのは久しぶりでした。

エンジンの動力をチェーンに伝えて後輪を回す、バイクはシンプルな乗り物で基本的な部分は変わりませんが、デザインや機能は日々変わっています。こうして、モーターサイクルショーに来て最新のモデルを見るとそのことがよくわかります。新型エリミネーターにはドライブレコーダーが付いていました。ABSがバイクについたときも驚きましたが、機能面でバイクは自動車の影響を受けています。

ホンダのブースは滞在中ずっと入場90分待ちだったためあきらめましたが、残りのメーカーは海外を含めすべて周ることができました。今回のモーターサイクルショーで印象に残ったことが二つあります。

一つ目は若者の姿が思ったより多かったことです。国内向けバイクの生産台数は1980年代をピークに減り続けているというニュースを、ここ十数年見つづけてきましたが、その流れも変わりつつあるようです。

最近では、リターンライダー以外にもコロナ禍で密にならないバイクの人気が高まっているという話も聞きます。各メーカーの生産も需要に対して追いついていないそうです。

半導体不足、工場の海外シフト、生産体制の縮小などさまざまな要因のあるなかで、バイクの供給が追い付いていない本当の理由はもっと複雑なのでしょうか、ここに来てみると「若者がバイクを求めている」ことを肌で感じることができました。還暦当たりのライダーであふれているだろうという私の予測は外れました。

二つ目は電動化の波をそれほど感じなかったことです。来場する前に少し恐れていました。電動バイクだらけの展示になるのではないかと。四輪の分野では完全にそうなっています。ヨーロッパを中心に、世界的に内燃機関のエンジンを減らそうと、政府もメーカーも必死な様子が伝わってきます。

一日一日と「ガソリンエンジンに乗りたい」とは言いにくいパラダイムが私たちを覆ってきています。資源の枯渇が叫ばれ、地球温暖化が問題となっている今、できるだけ二酸化炭素を排出せず燃費の良い乗り物を選択することが政治的には”正しい”選択です。

それは分かっていても、やはり私はあのガソリンエンジンの振動と音、排気ガスの匂いを感じたいのです。クランクシャフトから伝わるエンジンの出力を、適したギアにのせてチェーンを回し、後輪を駆動させるあの感覚を味わいたいのです。

ガソリンをまき散らして遠くに行くことだけが目的のバイク乗りは、近い将来喫煙者のような目で見られることになるかもしれません。資源の確保と二酸化炭素の削減が、個としても集団としても至上の命題になればそうなるかもしれません。そんな世界はバイクに乗っていても面白くないだろうなと思います。

「思ったより電動バイクがなくてよかった」そう言い合いながら私たちは会場を後にしました。

「乗らない」「乗れない」

さて、ここから先は私たちがモーターサイクルショーへバイクに乗らずに来た理由を回収していきます。私たちは立ち飲みで知り合い、このツーリングクラブを立ち上げました。バイクが終わったら次はお酒です。

まずは地下鉄に乗り、メンバーのWさんが大阪時代によく行っていた九条の店へ行きます。小さな酒屋の一角にテーブルが置かれ、そこで買った酒を飲むことができます。素人がふと立ち寄って飲むことは難しい店ですが、Wさんのおかげでスムーズに事が運びます。

お酒を飲みながらご高齢の店主のお話を聞きます。この辺りの昔の様子や戦争中の疎開の話です。私はそういう話が大好きですので、少し前のめり気味になりながら聞きます。

この辺りは大阪空襲で一面焼け野原になり、九条から心斎橋の大丸が見えたと言います。戦後77年を経て、もうそんな話を直接体験者から聞ける機会はあまりありません。自身の祖父母からも、もっといろんなことを聞いておけばよかったといつも思います。

現在の繁栄と平和は、長い歴史の中でほんの一点の奇跡であり、私はそんな時代に生きている僥倖を感じされられます。再びここへ来て、この店主のお話を聞きたいと思いました。私は満たされた気持ちで店をあとにしました。

大瓶と柿の種

どうして酒飲みは店をハシゴしなくてはならないのでしょうか。それは「立ち飲みではお酒とあてを味わい、短時間で切り上げるのがスマートだから」と自分では思います。だから、その「短時間」を何軒も重ねていくのですが、二日酔いを経験すると「最初の一軒で楽しんで上手に切り上げることこそスマート」であると痛感させられます。

この日も九条の後は梅田に行き、その後十三に移動しました。どうしてわざわざ街を変えて飲むのかシラフの時には理解できない行動ですが、酔っているときはそれも楽しいのです。

モーターサイクルショーで手にしたパンフを出しながら、私たちは新型バイクやフェリーで九州をツーリングする計画などを語り合いました。梅田ではそんな話をしてたと思います。しかし十三での会話の内容は全く思い出せません。それどころか、十三から家まで帰った記憶もないのですが、朝起きるとちゃんと自宅にいました。恐ろしいです。

今回も「乗らない」ではなく「乗れない」ツーリングクラブでしたが、季節もよくなっているため、次こそはバイクで出かけようと計画しています。

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投稿者: 大和イタチ

兵庫県在住。不惑を過ぎたおやじです。仕事、家庭、その他あらゆることに恵まれていると思いますが、いつも目の前にモヤモヤがかかり、心からの幸せを実感できません。書くことで心を整理し、分相応の幸福感を得るためにブログを始めました。