豆と芋

秋のツーリング

年を重ねるにつれて1年が早く感じられるというのは本当で、それは感心するというより時に恐怖となって私の前に現れる。特に決まった時期に同じことを行う時、その思いは際立ってくる。

「あれから1年も経ったのか。嘘だろう。私は後何回これを繰り返すことができるのだ」

馴染みの立ち飲みでバイク好きが集まってツーリングを始めて以来、私たちは頻繁に丹波の地を訪れる。神戸から気軽に来られることもあるが、ここは美味しい食材と地酒に恵まれているからだ。

3年前の秋、私たちは丹波篠山ので温泉と猪肉を味わった。一日二組限定の小さな宿。お酒の持ち込みもできるので、私たちは酒蔵をバイクで周り、新酒の飲み比べをしながら鍋をつまんだ。

男四人が一緒に風呂に入りながら、私ははるか昔の修学旅行を思い出した。大人になってこんなことができるとはなんて幸せなことだろうと思った。それに加えて、宿のご主人とおばちゃんが魅力的な人であった。

だから私たちは翌朝宿を去るときに翌年の猪鍋も予約した。

次の年の秋、同じ四人でこの宿に来た。ツーリングが面白くて四人中二人のバイクは新しくなっていたが、あいにくこの時は大雨だった。

メンバーの一人が車を出し、雨の中酒蔵を回って新酒を仕入れ、1年前にバイクで走った山道を宿へと向かった。玄関を入った時、12ヶ月が一瞬で過ぎ去った気がした。

「ビールは風呂の後、または前後?」それぞれの好みに合わせ二人ずつ風呂に入った。私ともう一人は1本空けてから入りたい派だ。濁流を窓から見ながら、二人で湯船に身を沈め会話を楽しんだ。

6時になると囲炉裏部屋へ移動して、炭火の上に置かれた猪鍋をつついた。去年と同じおばちゃんが作り方を指南してくれる。その説明の5倍ぐらいの話を大きな声でしてくれる。

話の内容はこの地の豊かな食材のこと。丹波黒と呼ばれる全国的に有名な枝豆は、猪肉の頃にはシーズンが終わっているとのことだった。それを聞いて私たちは、次の年は一月早く訪問することにした。

鍋が煮えるまでの間、冷奴と蒟蒻の刺身が出てきた。どちらも信じられないぐらい美味しかった。同時に1年前も同じことを感じたことを思い出した。

10月

今年もあの宿へバイクで向かった。猪肉よりも丹波黒の枝豆を選んだため例年よりも1月早い。直前まで天候は不安定であったが、雨具を装備してバイクで行くことにした。

今回も四人での訪問であったが、一人は今年仲間になった女性ライダーである。去年私と一緒に風呂に入ったメンバーは、大病の後現在リハビリ中である。

狭い谷間にエンジン音を響かせて宿に到着するとご主人が出迎えてくれる。ああまた1年が一瞬で過ぎ去った。

今回は女性がいるため二つの部屋を当てがわれる。声の大きいおばちゃんはまだ来ていない。てっきり夫婦だと思っていたご主人とおばちゃんは他人だということを、前回の朝食の時に知った。この宿はその二人によって保たれている。

風呂に入りテレビを見ながらゆっくりビールを飲んでいると食事の時間になった。今回は猪肉の時期ではないため囲炉裏には鶏鍋が置かれると聞いた。丹波黒の枝豆と鶏鍋、なかなかいい組み合わせだ。

しかし、私の心はこの二品以上に別の二品が気になっていた。

「今日は豆腐と蒟蒻出ますか?」尋ねる私におばちゃんは、あの大きな声で「もちろん!」と答える。

鍋指南ののち鍋の蓋を閉めたおばちゃんは、厨房に入ると例のふた皿をお盆に乗せてやってきた。囲炉裏の四角の一辺から8つの皿をそれぞれへ回していく。囲炉裏を囲むちょうどよい幅の木製の縁に置く。

1年間待った瞬間がやてきた。まずは豆腐に箸を落とし、少しすくい上げて口に入れる。

豆腐を食べている感じがしない。豆腐のほとんどは水分なのに水を感じないのだ。大豆の栄養を口の中で回しているような感じである。醤油はほんの少しでいい。

日本酒で余韻を楽しんだら次は蒟蒻の刺身へ。こちらも断面が私たちの知っているこんにゃくではない。切れ目と切れ目がくっつきあって離れにくい。口に入れると口蓋に吸い付く。生姜の香りの後に芋の香りがやってくる。

鶏鍋が煮える間、豆腐と蒟蒻を順番に口に入れ咀嚼し日本酒で追う。豆腐の塊が小さくなり、刺身の数が少なくなる。名残を惜しみながらそれぞれ最後の塊、一切れを嚥下することに鍋が出来上がる。

「鍋の具が少なくていいから、この3倍ぐらい豆腐と蒟蒻を出してほしい」私はそう願った。

おばさんがやってきて、例のごとく大声で話を始める。この豆腐と蒟蒻はどちらもこの宿の主人の手作りで毎日作っているようだ。ご主人は80を超えお子さんたちは宿を継ぐ気はないと、ずいぶんプライベートなことも教えてくれた。

美味しい猪肉は他でも食べられる。しかし、こんなレベルの豆腐と蒟蒻を同時に味わえる場所が他にあるのだろうか。

来年の秋はまた一瞬でやってくる。再来年もそうだ。だから私は思ってしまう。

「私はあと何回この豆腐と蒟蒻を食べることができるのだろうか」

出発の朝、来年の猪鍋を予約した。今度は人数を増やした。来年の秋はリハビリ中の彼と再び風呂に入り、豆腐と蒟蒻と猪肉とお酒を味わえると確信しているからだ。

投稿者: 大和イタチ

兵庫県在住。不惑を過ぎたおやじです。仕事、家庭、その他あらゆることに恵まれていると思いますが、いつも目の前にモヤモヤがかかり、心からの幸せを実感できません。書くことで心を整理し、分相応の幸福感を得るためにブログを始めました。