4度目の訪問
年末に妻と二人で台湾を訪問してきた。前回この場所には2019年末に家族で訪問していた。旅行の直後にコロナウィルスが中国で発見され、世界中が大混乱に陥った。
あれから6年が経過した。今ではあの騒動はなんだったのだろうというぐらい外国から日本へ観光客がやってきている。日本からは、かつてほど多くの人が出国している感じはしない。
期限の切れたパスポートを更新するために旅券事務所に行くと、10年前より明らかに人が少なく規模も縮小されていた。政府も旅券発行の手数料を下げるという報道があった。日本人の可処分所得は下がり視線も外を向かなくなっているということなのか。
そんな中であっても私自身に関して言えば、これから積極的に海外へ出かけていきたいと考えている。今回はその第一歩としての旅行である。一番の目的は台湾という場所を感じて知ること。
ここは世界的にみても稀有なぐらい複雑な成り立ちをしている。南方から潮に乗ってやってきた原住民。対岸の現在の福建省あたりからやってきた人々。オランダやスペインの関与。清による統治。50年間の日本時代とその直後の国民党外省人の流入。
それらが複雑に絡み合って台湾という場所を作り上げている。私はそんな台湾に惹かれこの地についてもっと知りたいと思っている。そんな思いを胸に私は台湾語と台湾華語の学習を行っている。
今回、訪台するにあたっていくつかそれらを使う場面を設定し練習した。うまくいけば現地の市井の人々とコミュニケーションを取れるかも知れない。私の言葉を誉めてくれるかも知れない、そんな下心を持ちながらの旅行であった。
日本語・英語
結論を言うと、五日間の旅行を終えて私の中に残ったのは不完全燃焼感であった。もちろん台湾は素晴らしい場所で、旅行中私たちは楽しくて仕方がなかった。
しかしながら語学に関して言うと、私が考えていたことの10分の1もできなかった。つまり、現地の人と台湾語や華語を使ってやりとりをすることが思うようにはできなかった。
今、日本に帰国してその理由を考えてみる。いくつか浮かんでくる。最大なものとして二つの要素が絡んでいる。私の語学力、特に声調の不安定さと、現地の人々の日本語と英語の能力の高さである。
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ホテルや駅において、私はまずこのような言葉を台湾語で話しかけてみた。台北では台湾語はあまり使わないので、「えっ?」という表情をされたらすぐに台湾華語に切り替える準備をしていた。
しかし多くの場合、返答は日本語や英語によるものだった。これは夜市などでも同じで、「是個 多少錢?」(これいくらですか?)と聞いても「20ドル」と日本語で即答されるのだ。
こちらの予定としては「20?傷俗、台湾 e 物件比日本較俗」(20ですか、台湾のものは日本と比べて安いです)などと展開していきたいのであるが日本語で返されてしまうとリズムが狂ってしまう。
おそらく私の話す台湾語や華語は、現地の人に一瞬で日本人の話すものだとわかってしまうのだろう。そして、台湾は世界で最も日本語が学習されている場所の一つであるため、即座に日本語で、そうでなくても英語で返答されるのだと思った。
これがイタリアだったらそんなことはないであろう。日本語で返せる人はかなりレアであろうから、私がイタリア語で話しかければやさしいイタリア語で返答してくれると思う。日本語が堪能な人が多い台湾であるから、私の台湾語が稚拙だと気づくと日本語で返されるのである。
このことを克服するために必要なことは二つあると思う。一つ目は、彼らが台湾語や華語で思わず返答してしまうほど自然な言葉で話しかけること。もう一つは、私はどうしても日本語や英語ではなく、あなたの使う言葉で会話を続けたいと相手に伝えること。
いずれにせよ、これらをクリアするには高いレベルの語学力が必要になってくる。
これから
今回の旅を計画したのは夏休みであった。それ以来、私は毎日台湾語と台湾華語の学習を続けてきた。現地の人と話しをして「あなた台湾語うまいね」と感心される姿を想像して、ワクワクしながらの勉強であった。
もともと私が学んでいたのは台湾語の方で、華語を学習する気持ちは全くなかった。それを変えたのは明日香出版社のテキストと出会いであった。この会社のテキストは日本語、台湾語、華語が並列されている。
そのテキストの音声を聞くうちに台湾語と華語に多くの共通点があることに気がついた。特に面白かったのは、同一の漢字を別の読み方で読み、その両方の痕跡が日本語の中に見られることであった。
例えば「久」の文字は台湾語では「ku」華語では「jiu」と発音される。日本語の発音「く」と「きゅう」が連想されるではないか。これに気がついた時、私は両方の言葉を同時に学ぶ喜びを感じた。そして、同じことを二つの言葉で表現できるように勉強を続けた。
しかし、今回台湾を訪問してみて私は自分の語学力の無さに悔しい思いをした。やはり語学はそんなに甘いものではない。特に台湾語や華語には声調という概念があり、アフファベットで書けば同じ綴りの語であっても、声の発し方で全く別の意味が出てくる。
そんな声調が台湾語には8つ、華語には4つ存在する。そして私は今までそんな声調をそれほど意識することなく学習してきた。「音声をしっかり聞いて発音を真似したらいいだろう」そんな感じである。
今回の旅を終えて私は自分の発している言葉をしっかりと聞く必要があると思った。自分ではできてるつもりなのだが、現地の人は一瞬で「アレっ」という顔をする。そしてそこから彼ら彼女らは私に日本語や英語で話しかけてくるのだ。
日本に帰国した翌日から、私はまたこの二つの言語の学習を再開した。今度はより発音に、声調に注意しながら学習する。
私も妻も帰りの飛行機の中で「来年はいつ行く」という話をしていた。妻はいつか仲の良い友達と訪台して一緒に買い物をしたいという。私もできれば一人で訪問して、もっと田舎で日本人がいないような街に行き、そこでガチンコの台湾語の会話を体験したい。
余談になるが、今回台湾語や華語を使おうとして気づいた面白いことがある。向こうが日本語や英語ではなく、現地の言葉で返してきてくれた時、それはレアなケースであるのだが、そんな時私の中でイタリア語が出てくるのだ。
台湾語で返したいが適切な言葉が浮かばない時、代わりにイタリア語が表れてそれを補おうとする、そんな現象だ。実はこのこと、私がイタリア語で会話するときにも頻発する。つまりイタリア語の適語が表れない時、英語が出てきて補おうとするのだ。
私の頭の中には、まず圧倒的に優位な日本語があり、その下部構造として英語>イタリア語>台湾語≒台湾華語が存在しているのだろう。そして、ある言葉で表せないことがあると一つ上の言葉に検索をかけるような働きを脳がするのだと思った。
台湾語を話そうとしてイタリア語の働きを知る、こんな面白いことに気がつくことができた。やはり語学は面白い。やればやるほど自分がどういう人間なのかを教えてくれる。
複数の外国語を同時に学ぶのは簡単なことではないが、これは私の運命だと思って今年もやっていく。台湾語と華語は今回の悔しさをバネにして努力し、今年中の再訪を目指す。
