最近続きます
こんにちは、大和イタチです。
ここ1月ぐらいモヤモヤがひどいです。
仕事が忙し過ぎるわけではありません。誰かと仲たがいしたわけではありません。妻や子供と喧嘩したわけでもありません。ひどいものを買わされたり、飲み屋でぼったくられたり、いわれのない因縁をつけられたり、気に入ったものを無くしたり、つまずいて怪我をしたわけでも全くありません。
普通に仕事をして、普通に立ち飲みに寄って、普通に家で会話をして、毎日規則正しく過ごしています。
目の前の楽しみ、中期的な目標、死ぬまでに達成したいこと、どれも頭の中にあります。
でもなぜか心が落ち着かない。
仕事で動いていたり、人と話をしている時はいいのですが、一人になる時、言いようのないモヤモヤが襲ってきます。通勤時間、仕事の合間、家に一人でいる時。つまり自分と向き合わなければならない時間がつらいのです。なんとも言えない閉塞感、肺呼吸は十分できるのに生きていくのが息苦しい感じ。何かに集中してみようと思うけど、すぐに気持ちが離れてしまう。これからいろんなことがよくなっていく姿が想像しにくい感じ。そもそも”よくなる”ってことがどういう状態なのか想像できない状態。
一般的にこういう状態は「うつ状態」と呼ばれるのでしょうか。うつ病を発症するする人が増えているという話をよく聞きます。私もこの病気について調べてみました。しかし、なんだか私の状態は少し違うような気がします。ゆっくり眠ることができますし、食欲もありますし、体に異変はありませんし。
人に会いたくないとか、死にたいとか、そんなことはありません。むしろ、会うべき人に会えなかったり、死に近付いているという思いの方がモヤモヤを作っているような気がします。
とにかく、一人の時、落ち着かなくモヤモヤです。こうしてブログで気持ちを記していると、少し落ち着きます。読む人がいるかもしれないという緊張感からなのでしょうか。
心が沈んだ映像
この1月ほどを振り返ると、モヤモヤを感じる起点となるようなことがいくつかありました。思い出しながら、書いてみたいと思います。心がどんよりとする原因が少しは見つかるかもしれません。
10月の台風19号は関東から東北にかけて大きな被害を出しました。私の記憶にある中では最悪の被害を出した台風だったと思います。
去年の西日本豪雨による高梁川(の支流)の氾濫にも驚きましたが、今回は数や規模の上でそれをはるかに上回りました。数十か所で堤防の崩壊やそれに伴う河川の氾濫が起こり、その中の一つに千曲川がありました。日本で一番距離の長い信濃川の上流に当たる河川です。善光寺平を流れるその姿を何度か見たことがありますが、川幅も堂々としており、この川が氾濫するとはにわかには想像できません。
しかし、決壊しました。10編成の新幹線車両の下半身が茶色の泥水につかった姿は、わが目を疑うものでした。
今から13年前、そのあたりを列車で通りました。当時、新幹線は、長野まで開通していて、その北の車両基地まで高架橋が伸びていて、私はその脇の在来線を通って直江津まで北上しました。この高架橋が将来の新幹線になるのか、と思った記憶があります。
今回、浸水した場所は、私がそのようなことを想像しながら通った場所です。13年の時が一瞬のように感じられました。そしてあの新幹線の姿。時速300kmで走ることができる地上最速の乗り物が、迫りくる水から逃れることができませんでした。新幹線を被写体にした写真の多くは、速さや快適性や利便性をテーマにしたものが多く、災害と結びついたものをほぼ見たことがありません。それだけに、今回の災害による映像は、そうあるべきではないもの、見てはいけないものを見てしまったような、何とも言えない怖れと心地の悪さを感じさせるものでした。
それに関連してもう一つ
書いていて、もう一つ嫌な気分になったことを思い出しました。むしろ、こちらの方がモヤモヤを多く作り出している気がします。
千曲川の氾濫に関して、水に浸かった車両基地の近くを取材するレポーター。20代後半ぐらいの女性です。声のトーンや表情から「この悲惨な状況を報道しなくては」という真剣さが伝わってきます。
小さな集落を取材中に放った一言が、私の心に棘のように残っていて、時々思い出してはモヤモヤします。その一言とは次のようなものでした。
「このあたりの水は引いていますが、ご覧のように泥は、まだ積もったままです」
彼女はそう言うと、村の人に、「この泥をこれからどうするのか」というようなことを訪ねていました。
私は彼女の言った言葉の中で”まだ”という部分に引っ掛かりました。なぜならこのインタビューは堤防が決壊して2日後に行われたものだったからです。
確かに氾濫した水は引いていました。しかし、堆積した土砂はほぼ手付かずの状態でした。というか、この2日間でどうしろというのか、逆に土砂が片付けられている方が不自然です。床上浸水、半壊、全壊、今まで続いていた秩序が一晩の間に崩れ、どうしようかと途方に暮れている、これが現場の状態だと思います。
高速道路でトラックが積み荷を散乱させたとします。道路公団の専門の職員がすぐにやってきて片付けて、数十分か数時間後には何事も起きていなかったような状態になります。このように、日常生活の中で少し秩序が崩れても、誰かが原状復帰をしてくれます。道に雪が積もれば、自治体や道路公団の除雪車がすぐに対応してくれるし、動物の死骸があれば保健所の職員が対応してくれます。
近代に生きる私たちは、あるべきものがあるべき場所にあり、あってはならないものは目に見えない場所に持っていく、という”秩序だった”状態に慣れ過ぎていると思います。あってはならない場所が目の前にある、どうするんだ、誰か対応してくれ。無意識の状態だと思いますが、長野を取材したレポーターの頭に、住宅の周りに堆積した泥はあるべきものではない、それが例え堤防決壊から2日後であっても、そういう風に浮かんだのかもしれません。
無意識のうちに秩序を当然と求める気持ち、しかも時間差なして、現代人が共有するこのメンタリティーと時間感覚が私のモヤモヤを作り出し、心を重くしている要因の一つであると思います。
天国の話
この時間差なしの話を書いていて、モヤモヤのきっかけがもう一つ浮かんできました。
それは、著名人の死後に出される、ゆかりの人物のコメントです。特に最近そのコメントを聞いて違和感というか、頭がついて行かない感覚を感じることが増えました。一言で言うと「時間感覚」が私と異なるのです。
例えば、著名な野球選手が亡くなったとします。次の日のコメントで「天国でベーブルースやルーゲーリックと一緒に野球をやっているでしょう」といった発言がTVで流れます。ロックミュージシャンなら「ジミヘンやジョンボーナムとセッション」という具合です。
私はこういうコメントを耳にするたびに深い徒労感を感じます。いくら何でもこれでは死者をこちらの世界から遠ざけるタイミングが早すぎると思うのです。昨日まで生きていた人の呼吸が今日止まった。次の日通夜をむかえて、死から数日たって葬式です。遺体はお骨になって壺に収められ仏壇の前に置かれます。この時点になっても私には、故人が遠い世界に行ってしまったとは思うことができません。生物的な死は迎えたものの、精神的には0か100のわかりやすい世界ではなく、初七日、二七日、それから四十九日を迎え、徐々に100から生きている気配が減っていく感覚です。その気配はやがて0になるのかというと、そんなことは無く自分が故人を覚えている限りは減りはするものの、無くなることはありません。
まだ葬式も終えていない状態で「今頃天国で…」という発言は、あまりにも生者と死者をデジタルなものとして扱った表現で、私はその割きりの良さに不安を感じます。
私は、そのようなコメントをする人々に悪意があるとは全く思いません。むしろ、時代に合った感覚を持っているのはそのような人々なのかもしれません。人の営みの中で、死に関する部分がどんどんと見えなくなり、一見華やかさをまといながら簡略化、つまり時間の節約が進んでいます。
地域総出で行っていた葬式は、田舎に行っても専門の業者によるものが主流となりました。私の周りでも「香典は本人の遺志により辞退」という文言が目立つようになっています。それどころか、近親者のみの葬儀の後、メールによる事後報告で、その方の死そのものを知らされないケースも増えています。
皆さん何に遠慮されているのでしょうか。何が面倒なのでしょうか。
他人の手を借りない、自分の手間をかけない、そして何より時間をかけない。人が死んだ時ぐらい、この3つをかけても良いではないか、むしろかけるべきではないか、と思う私にとって現在の流れは息苦しくてしょうがないのです。
人の死を丁寧に、そして適切に弔うこと以上に大切な事って何なのでしょう。私のモヤモヤはこれからも続きそうです。