家族旅行で感じたこと 

はぐれ刑事純情派

妻の初めての妊娠中、僕は夢を見た。

僕はピンク色の着ぐるみにくるまれた女の赤ちゃんを抱いていて、まぶたが開いたばかりのその子の瞳は、僕の方を向いている。僕は娘に向かって名前を呼び掛けている、そんな夢だった。

夫婦共に、胎児の性別は生まれるまで聞かないことにしていたが、僕はその夢のおかげで娘を持つものだと思った。お腹の赤ちゃんは、夢を見て以来、生まれるまで夢で見た名前で呼ばれ続けた。

妻は俳優の藤田まことが好きで、当時よく彼の主演していたドラマ「はぐれ刑事純情派」の再放送を見ていた。僕もしばしば一緒にドラマを楽しんだ。見ていて、番組の展開と同じくらい気になるのは、安浦刑事と二人の娘、エリ・ユカとのやり取りだった。

ドラマでは、姉妹は刑事の亡くなった奥さんの連れ子で、実の娘ではない。刑事の捜査中に偶然出会ったりするが、大抵は番組の最後に行きつけのバー「さくら」からいい気分で帰宅する安浦刑事に「お父さん飲みすぎよ。もう若くないんだから。」などという場面に登場する。血はつながっていないものの、安浦刑事は娘たちが家にいてくれて幸せそうだ。

番組を見るうちに、僕もこの安浦刑事と娘たちとの関係に憧れるようになった。当時、僕にまだ子供はいなかったが「子育てが終わった後、大きくなった娘たちといい関係でいられる人生は幸せだろうな」そんなことを想像した。

安浦刑事のように妻がいなくなるのは嫌だが、このドラマを見ていると、彼の姿は男親として理想の姿に思えた。

娘たちにとって父親は最も身近な男性。小さな頃父親になついていた娘たちが、思春期に入り距離をとり始める。異性を意識し始め、父親が比較の物差しとなる。男の心の成長段階には、成熟のための「母殺し」があるのだが、女の場合はどうなんだろう。まあ、あるとして、娘たちの精神的な「父殺し」の後、父親から離れて別の男へ。そして、成熟が進むと父親の客観視が可能となり、そこからは別の次元で良い関係が続いて行く。「はぐれ刑事」を見て、僕の想像力は掻き立てられる。

「お腹の子供が予想通り女の子だったら、二人目も同じ性別がいいな」僕は姉妹の父親になった姿を想像してニヤリとした。「はぐれ刑事」のエリとユカのように、成長した娘たちにお酒の飲み過ぎを心配される父親、いい人生じゃないか。

そして時は経ち…

長男が誕生し、3年後に次男が生まれた。長男の幼稚園のママ友が「これあげる」と「子供産み分けの本」をくれた。しかし、女の子が欲しかったと言っていた彼女は男三兄弟の母親だ。なぜそんな本をくれたのだろう。

娘を持ちたいという気持ちは変わらなかったが、僕も妻も年をとってしまった。今は四人で暮らしている。

「はぐれ刑事」を見ながら、姉妹の父親になる心のトレーニングはしていたが、それは役に立たなかった。僕は一から男兄弟の父親の姿を考えた。

構造主義思想に大きな足跡を残したフランスの文化人類学者レヴィ・ストロース。親族の基本構造の中で示される父と息子・母方の叔父(伯父)との関係。父親と息子の関係が良好になれば、息子と叔父(伯父)は反目する。その逆もまたしかり。息子は二人の大人を見て葛藤する。息子が成熟するためには、先行世代に異なるタイプの二人以上の同性モデルが必要である。

「そうか、息子たちにとって叔父(伯父)の存在が大切なのか」と思うものの、僕にも妻にも男兄弟はいない。

レヴィ・ストロースがフィールドワークの対象としたのは、近代化される以前の部族。おそらく、兄弟が多くオジの存在は当たり前だったと考える。僕が住んでいるのは、出生率が2.0を割った現代の日本。本当の叔父(伯父)はいなくても、その中でオジ的なものを探せばいい。要は僕と同じ世代の同性とやり取りする機会を作ればいいのだ。

僕は積極的に親戚づきあいをした。もともと従妹たちと仲が良かったこともあるが、意識して親族のイベントに参加した。

幼稚園や小学校のパパ友・ママ友同士よく交流を行った。定期的にテニスをしたり、家に招いたり招かれたり、バーベキューに行ったり。幸いにも、良識的な人たちに囲まれ、自然な形でよいお付き合いをすることができた。

地域の活動に積極的に参加させた。住んでいる場所が歴史のある場所なので、お祭りや子供会、少年野球といった組織がしっかりとしている。息子たちはそんな中で、僕と同世代の男性にもまれたと思う。

息子たちは、それぞれ高校生・中学生となり、もう親の言うとおりには動かなくなってきた。親戚付き合いやパパ・ママ友との交流も大人同士で行うようになった。

親から急速に離れていく二人を見て、僕はきちんと息子たちを育てられているのか、時々わからなくなる。

息子たちが考えていることがわからない

昨年末、家族で台湾を訪問した。1年半ぶりの家族旅行。かつては短いものを含めると年に3~4回行っていたので、久しぶりの旅行を僕はずいぶん楽しみにしていた。

息子たちにとっては初めての海外。僕は、旅行プランを考え、チケットを取り、4人で楽しそうに旅する姿を想像しながら出発の日を待った。

出発の日、いつもと何かが違う。空港に向かう車の中、息子たちはイヤホンでそれぞれ好きな音楽を聴いている。かつては、4人の好きな音楽をそれぞれ順番にCDプレイヤーでかけ、みんなで音楽を楽しんでいた。

関西空港での待ち時間「何か食べに行こうか」の誘いに二人とも「俺いいわ」の返事。WiFiの使えるロビーでスマホを見続けている。不機嫌な僕は妻と回転寿司をつまみながらビールで心をごまかす。

台湾到着後も、今まで感じたことのない違和感につつまれる。

とにかくWiFiの効いた場所ではスマホに夢中。観光地に行っても、ダルそうな表情をしていて、楽しんでいるのかどうかが分からない。今までは、四人で同じものを見て、同じ体験をして、同じように喜んでいたものだ。そんな数年前の旅行の様子が頭に浮かぶ。

長男は、ホテルでLINEを使って部活動の友達と会話をしている。かと思えば、「そこのスタバで宿題してくる」と一人出かける。「海外旅行に学校の宿題を持ってくるか!」その感覚が僕には理解できない。

次男は「一緒にもう一カ所夜市に行こうか?」の誘いに「ここで動画が見たい。唐揚げ買ってきて」の返事。一瞬私の眉間にしわが寄り妻と目が合う。妻は無言で「まあ、まあ、この子らも大人になってるんだから」と表情で訴える。

訪れる先々で、姉妹を連れたパパ・ママに目が行ってしまう。息子たちと同じような年齢の姉妹。家族仲良く楽しそうにしている。日本語もよく聞こえてくる。父親に向かって「パパ、こっち!」と明るい表情で言う娘。パパは幸せそうだ。

息子たちがこんな様子だから余計にそう感じるのだろうが、女の子を連れている家族の方が、明らかに楽しそうに見える。会話の量も全然違う。

私は、息子たちがどんな気持ちでいるのかがよくわからない。会話もほとんど妻が相手だ。

これも成長なのか?

明らかに1年半前の旅行と異なる雰囲気に、モヤモヤした気持ちを抱えながら4日間の旅行を終えた。

帰りの飛行機で隣に座る妻に「これが4人での最後の海外旅行かもしれんな」と言った。妻も同じようなことを感じていたらしく「次は2人がいいかも」と答える。

ついこの間まで存在した「子供と大人が一緒に楽しめる旅行」の時期はどうやら終わりをむかえている。僕の家族が新しいフェーズに入っていることは確かなようだ。では、これから先4人で一緒に楽しむ旅行はあるのだろうか。

息子たちが生まれる前に想像した、あの安浦刑事とエリとユカの関係。刑事を僕に、二人の娘を成長した息子たちに置き換えて想像することは、どうしてもできない。ただでさえ、親との会話、特に父親とのそれは減少の一途だ。成人して独り立ちしたら、もう家に帰ってこないような勢いを感じる。

あるとすれば、僕がそうだったように、息子たちが自分の家族を持った後の三世代揃った旅行なのかもしれない。還暦や古希、そういう機会の旅行。しかしその時は、もう今の家族ではない。

時の経過の速さ、今この瞬間を生きる貴重さを感じさせられる。と同時に、人生の一時期に持つことができた、楽しい家族旅行のありがたさが身に染みる。

「久しぶりの旅行だったのに、子供たちは楽しくなさそうだったな。来年の旅行はどうする?」旅行から数日してそう言う僕に妻は「そうでもないみたいよ」。

長男は初めての海外が刺激的だったらしく「このパスポートの期限が切れる前に、スタンプでいっぱいにする!」と言っていたらしい。

次男は、旅行以来、妻との会話にやたらと台湾が登場するらしい。飛行機嫌いの彼は、普段から「海外旅行に行きたくない」と公言しているが、「アメリカと台湾は別」と妻に伝えていた。

「どうしてその気持ちを、僕に素直に見せてくれないのだ!」と言いたくなる。結局は、今回の旅行も息子たちにとって意味のあるものだったのだ。しかし、僕は息子たちからそれを感じ取ることはできなかった。

「これが息子たちの成長なのかもしれない」僕はそう思った。同時に「父親と息子の関係はこんなものかもしれない」とも。

そもそも、成長した子供たちと楽しそうに話をする親の姿を勝手に想像したのは僕だ。しかもモデルは安浦刑事と二人の娘。男と女は違うと分かってはいたものの、心のどこかで自分の息子たちにそれを当てはめようとしていたのだろう。

結局、息子たちとの関係に対しては、妻がいい思いをする役割かもしれない。そういえば、僕も母親と比べ父親とは話が弾まない。会話を続けるには、お酒の力を借りることになる。

しばらく何も言わずに、息子たちの成長を見守ろうと思った。無愛想でもダルそうにしていてもいいから、また旅行を企画してみる。安浦家とは違い華やかさや明るさはないかもしれないが、そのうち今とは違った父親と息子たちのとの関係ができるだろう。成人した後も、お酒の力を借りれば、何とかなりそうな気がする。

投稿者: 大和イタチ

兵庫県在住。不惑を過ぎたおやじです。仕事、家庭、その他あらゆることに恵まれていると思いますが、いつも目の前にモヤモヤがかかり、心からの幸せを実感できません。書くことで心を整理し、分相応の幸福感を得るためにブログを始めました。