サ室内のテレビ
去年の初夏、サウナにハマり始めて以来、土日を中心にコンスタントにサ活を行っている。県外に行く機会ががあればその地のサウナに入ることにしている。この半年間で名古屋、長崎、福山、鳥取でサ活。名古屋へは伝説のサウナ「ウェルビー」に入るためだけに足を延ばした。
普段は家に近い神姫間(神戸と姫路の間)でスーパー銭湯を中心にいろいろと開拓を行っている。それなりの数はあるが、長時間サウナに入った後、なるべく車やバイクを運転したくないので、どうしても鉄道沿線の施設を利用することが多い。
そんな私のサ活であるが、何度か同じ場所に通ううち、サ室内のテレビ番組に傾向があることが分かってきた。
私はサ室内にテレビが無くても問題なく楽しむことができる。むしろ、照明が落とされたテレビの無いサ室は、汗の出方や体のコンディションに敏感になり、より良いタイミングで水風呂へ向かうことができる。
しかし、テレビが存在しないのは銭湯の小さめのサウナぐらいで、一般的な施設では必ずテレビと付き合うことになる。指向性スピーカーを備えたウェルビー栄店のような施設は例外で、大抵の場所ではサウナ段正面から私たちに向かってアクリル板を通じて画像が、室内スピーカーから音声が流れてくる。
前置きが長くなった。
普段は頭にタオルをかぶせて画面を見ない私も、大相撲開催中だけは話が違う。サウナは気持ちいい。大相撲のテレビ観戦は楽しい。ということは、その二つが重なった時、私に相乗効果をもたらし、至福の時間を過ごすことができる。そして、大相撲開催期間中、確実にサ室内のTVで取り組みを中継しているサウナを見つけた。神戸市垂水区、JRおよび山陽電車垂水駅から徒歩10分の「垂水温泉太平の湯」である。
他のサウナでも相撲を放送している場合がある。しかし、確実性に関しては太平の湯が一番高い。そのことに気づいて以来、私は奇数月の中2週間、サウナ欲が出ればここへ通うことにしている。
令和2年初場所8日目
今日は初場所中日、午前中に家の用事を済ませ、ワクワクしながら太平の湯へと向かう。サウナと大相撲、そしてその後ビールでも飲もうか。明日からまた仕事が始まる。その前のささやかな楽しみだ。
普段はi-podで語学を聞くことが多い私だが、この日は駅から風呂までラジオを聞きながら歩く。十両の取り組み結果が終わり、幕入りと同時に到着。
下駄箱の307(サウナ)番が空いているので、迷わずそこへ履物を入れる。客観的に見ればどうでもよさそうなことだが、そうした小さなことの積み重ねが整うための道筋である気がする。
この施設の男湯にはテレビが3台。サ室、露天風呂の屋根の下、そして更衣室。場所中はこのうち、サ室と更衣室の2台が相撲中継を映し出す。
更衣室で幕内前半を見ながら着替える。よく考えたら更衣室にTVは珍しい。ロッカーが3列並ぶうち、真ん中の列からしかTVは見ることができない。どうしてここに設置したのかは分からないが、私にとってはありがたい。
素早く体と髪を洗い、湯船で体を温めて発汗しやすいコンディションを作る。体の水分を拭き取り、足元に冷水をかける。さていよいよサウナ&大相撲。
今日の注目の取り組みは、朝乃山vs正代、そして炎鵬vs遠藤。今場所好調な正代に朝乃山が勝てば、大関への道筋が見えてくる。炎遠対決は、初取り組み。炎鵬は誰と対戦しても注目される。
普段は12分計を見ながら水風呂へのタイミングを計る私も、この時は対戦が基準となる。幕内力士仕切りの制限時間は4分なので、勝負が終わるとすぐに水風呂へ向かう。
素早く体を拭き、露天のととのい椅子へ向かう代わりに更衣室へ入り、水分補給。だいたいこの辺りで次の勝負なので更衣室内で見学。
更衣室内で2勝負見ると約10分。休憩にはちょうどいい時間だ。ただ、椅子に座れないのが少し物足りない。じーッとテレビを見ていると、更衣中おじいちゃんに「ごめん、じゃましてたか?」と言われてしまった。おじいちゃんの近くのロッカーを開けたいと思われたのだろう。「いえいえ、ちょっと相撲が見たかったので」こちらこそ、気を使わせてごめんなさい。
徳勝龍が琴奨菊に勝ち、7勝1敗となった。7日目終わって1敗は他に貴景勝、照強、遠藤、正代。兵庫県出身力士が二人いる。
サウナで2~3勝負見て、水風呂、更衣室で休憩しながら2勝負。このパターンを繰り返していく。見逃す対戦もほぼない。なんだかサウナに入りに来ているのか、相撲を見に来ているのか分からなくなりそうだが、私はその2つの相乗効果を楽しんでいる。
荒れる初場所。今日、中日も応援していた栃ノ心、豪栄道、高安3人とも負けてしまった。豪栄道は5敗。大関を守れるだろうか。
この日、サ室で一番盛り上がった組み合わせは、初顔合わせの遠藤・炎鵬対決。やはりみんな気になるのか、隆の勝・栃ノ心戦が終わると室内はほぼ満員に。直前には、立ち見も出るほどに。おじさんたちの期待と熱気を感じる。そして立ち合い、炎鵬らしい早い横への動き。回り続ける。遠藤に廻しを取らせないまま押し出し。
その瞬間の皆の歓声、みんな他人にも関わらず共有する一体感。一瞬ここはどこなのかと思う。二十数人の男たちが、裸にタオル一枚のまま、ダラダラ汗をかきながら、一斉に「オーオッ!」。特殊だけど、なんて温かく、心地いい空間なんだ。
相撲期間中の「垂水温泉太平の湯」クセになりそうだ。来週も来ると誓い、駅へ向かった。
千秋楽 予想外のアクシデント そして感動の…
1週間後の千秋楽、再び太平の湯へ向かう。今日は表彰式があるためいつもより30分進行が早い。3時過ぎには施設に入る。本日も307番の下足箱ゲット。
更衣室に入るといつものテレビに土俵入りが映し出されている。今日も楽しませてくれ。1敗の徳勝龍。昨日、徳勝龍との直接対決で敗れた2敗の正代。平幕の2人が頑張っている。前日、朝乃山に敗れた貴景勝は優勝の可能性は消えたが、今日結びの一番で徳勝龍と対戦。
いろいろと願望を交えながら想像をする。正代勝って、貴景勝が大関の意地を見せ、最後は正代対徳勝龍の優勝決定戦。頭の中にシナリオを描くが、優勝決定戦の勝者の姿は想像できない。
土俵入りの間に急いで体を洗い、さっと湯につかり、さていよいよお楽しみのサウナ&相撲観戦、サ室のドアを開ける。と、なんだこれは!この日に限って画面には馬の姿が!
今まで大相撲開催中は競馬なんかやってたことないのに、よりによって千秋楽の今日に何で!室内のサウナー達を見る。熱心に見てそうな人はいない。私はとりあえず、すぐサ室を出て、更衣室に避難。対策を考える。取り組みはすでに始まっている。
今日絶対に外せないのは中盤の正代・御嶽海、そして結びの貴景勝・徳勝龍。一瞬、この取り組みに合わせて休憩をとり更衣室で観戦しようかと思ったが、前回遠藤・炎鵬戦のあと体験した心地よさが忘れられない。私は意を決して従業員に近付いた。
施設によっては「TVチャンネルはお店が決めたものを」、という方針もあるのだが、ここには何も書いていない。私は優しそうなお兄さんに「11レースが終わった後でいいから相撲にしてもらえるかなあ…」
「じゃあ3時50分ぐらいになったら変えときますね」という紳士的な対応。良かった!今週私が出会った人の中でMVPをあげたいと思った。
いろいろと済ませて4時前にサ室へ入ると、約束通り画面には関取の姿が。他のサウナー達と、会話こそないが、皆相撲を楽しんでいるのは分かる。今日も熱い勝負が続いていく。
正代が勝ち、優勝決定戦の可能性が出てきた。本日の第1次ピーク。勝負が終わると一斉に人が出ていく。その気持ち、わかる。3番後にある遠藤・松鳳山戦に合わせているのだろう。
高安、朝乃山が勝ち、豪栄道が負け、そして迎えた千秋楽結びの一番。室内は満員、であるが誰もしゃべらず静かな状態。さすがに貴景勝が押して勝つだろう、との私の予想に反し徳勝龍は当たり負けしない。逆に貴景勝を土俵際に追い詰めての寄り切り。中日の炎鵬戦と同じ歓声、そして一体感。
しかし、この日のクライマックスはこれから。
水風呂に入り、露天のととのい椅子で休んだ後、最後の一巡を求めサ室に入ると、徳勝龍の優勝インタビューが始まっていた。
私も今まで全く注目してこなかった力士。十両⇔幕内を行ったり来たりで34才。本場所は幕尻からのまさかの優勝。しかも場所中に大学時代の恩師を突然失っている。
彼のそんな境遇・思いがすべて凝縮された見事なインタビュー。今までの苦労、師に対する思い、優勝の嬉しさ、こちらにビシビシと伝わってくる。思わず私の頬にも涙が流れ落ちるが、ここがサウナのいい所。汗と涙の区別がつかない。つまりばれない。
と、その時、周りのあちこちから聞こえてくる鼻をすすり上げる音。さっきまではそんな音、聞こえてこなかった。
「みんな泣いているんだ」私は思った。
「恩師は上から見ているのではなく、土俵に一緒にいると感じました」
お互いにお互いの顔を見ることはないが、この言葉に心を震わされてサ室内で涙を流す人がこの日何人もいた。そして、私もその中の一人だった。
「サウナでこんなことってあるんだな」と私は思った。気持ちよさを求めて始めたサウナだが、今日は体より心の方が癒される経験となった。
相撲中継を流してくれる施設に感謝。
サウナ&大相撲、これからもずっと続けることを誓います。