レアな経験再び(後半)

竜馬がゆく

旅に来ていると不思議と目覚ましなしでも自然に目が覚める。この日も、前日かなり飲み食いしたにも関わらず、6時半に気持ちよく目が覚めた。隣のベッドには私の仲人さんが横たわっている。とても不思議な感覚がする。照れくささの中にも少し安心できる気持ち。レアな経験を自慢したい、そんな気持ちも混ざる。

朝風呂を浴びて、朝食会場に向かう。できればサウナがついた大浴場併設で朝食が充実している、そういうホテルに私は宿泊するようにしている。そして、そのタイプのホテルが最近増えた。しかも、時期にもよるが概して料金が安い。日本はとてもいい国だと思う。

このホテルの朝食バイキングには、何と冷やした日本酒が置いてあった。運転する私は飲めないが、仲人さんはちびりとやっている。目移りしそうなぐらいあるおかずの一つ一つは、全て小鉢に入れられている。コロナ禍の中、大皿から取り分けるスタイルからの変更可もしれないが、その手間を考えると頭が下がる。

お腹と心が満たされ、私たちは朝の福井を散歩した。

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レアな経験再び(前半)

バケツリスト

1年前には考えられなかったことが起こるから人生は楽しい。アンテナの感度が上ると、今まで見えなかった幸運や偶然の有難さに気づくことができる。そして、それらの気づきが私の人生に彩りを与えてくれる。

話を整理しておく。

1年前の今頃、私は「全国通訳案内士」の口頭試験に向けて準備をしていた。試験は12月12日、大阪で行われた。その直後、私は仲人さんと食事をする機会があった。「お歳暮が届いたよ」の連絡と一緒に「飲みに行きませんか」の誘いを受けたのである。

神戸駅近くのお店で、私たちは焼き鳥を食べながら城下町について語っていた。口頭試験で私の前に出されたお題の内、私が選んだものが「日本の城下町」だったのだ。

私の仲人さんは日本史にとても興味がある人。とりわけその中でも城下町は大学で研究をされていた分野である。話は盛り上がり、私たちは二人で城下町ツアーを行うことになった。仲人をお願いして約20年、初めての二人での旅行である。

今の時代、結婚に仲人を立てることは珍しくなっている。そして、その仲人と長きに渡り付き合いを維持し一緒に旅行をすることなど、ほんの一部の人が行うレアな経験であろう。そのようなワクワクとくすぐったさの混ざり合った気分の中の旅行である。コロナの拡大で一度中止になった後、私たちは今年の6月に松阪と伊賀上野へ城下町ツアーを行い、大いに楽しんだ。

旅行からの帰り道、車内で私は仲人さんにバケツリストの話をした。私には死ぬまでにやりたいこと、訪問したい場所が数多くあること、通訳案内士の勉強をする中で、そのような場所が増え、お城、とりわけ現存十二城は必ず行きたいこと、そんな話をした。

翌7月、今年のお中元は馴染みの酒屋からお酒を送ることにした。その時、店主に頼んで箱の中に手紙を入れてもらった。手紙には前回の旅行のお礼に加えて、私が国内で訪問したい場所のリストを添付した。

すぐに仲人さんから連絡があった。「畿内といい距離にある福井方面が面白いかも」との示唆。私は早速日時と宿泊場所を調整し、今回の城下町ツアーを迎えた次第である。

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残念だけど…

案内所で…

何となく嫌な予感がしていました。今年の夏も店の前を車で通ったとき、シャッターが閉まってました。グーグールで検索すると店舗情報に赤い文字で「閉店」と書かれていました。

しかし、ネットの情報は間違っていることも多々あります。私は信じられなくて悶々とした数週間を過ごしました。

この前の土曜、私は時間ができたのでバイクにまたがり明石市内へと向かいました。国道2号線から南へ進路を変え数百メートル進むと浜国道と交差します。それを本町方面に進むと左手に店があります。

確かに建物はありました。しかし、シャッターは閉まっています。時間は午後4時、今までなら開いていた時間です。

「たまたま今日は早じまいしたのかもしれない」

私はドキドキする気持ちを抑えながらバイクを駐輪場に止めて、明石駅の観光案内所に向かいました。「明石焼物語」と書かれたパンフレットを1枚手にして中を見ます。

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私の時代が来た?

ポートライナー三宮

ある土曜の午後、私はポートライナー三宮駅からJR三ノ宮駅への連絡通路を歩いていました。改札を右に折れて2階の通路を歩き、エスカレーターで地上にあるJRの改札へと下っていきます。その途中、エスカレーターに乗った私は思わず心の中で叫んでしまいました。

「アッ、私の時代が来た!」

目の前には、壁一面に嵐の二宮和也さんの看板があります。

伊藤ハムの看板

「煮るなり、焼くなり、二宮和なり推奨!」の文字の横にアルトバイエルンを手にした彼がこちらを見つめています。私はドキリとしました。ジャニーズの、しかも嵐のメンバーが堂々と自分の名前をネタにしてオヤジギャグを言っているのです。

私は家に帰るなり妻に「私の時代が来た!オヤジギャグを人前で言ってもいいんだ」と興奮気味に語りました。

妻は「今更何を」という顔をしています。実はこの伊藤ハムの宣伝はずいぶんと長い間TVコマーシャルで流れているようで、普段TVを見ない私は知らなかったというわけです。それに「言っているのがニノだから…」

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検定&サウナ

穏やかな朝

もう何回この会場に通ったのでしょうか。大阪環状線の天満駅から徒歩3分の「天満研修センター」は、私が知っている限りずっと大阪でのイタリア語検定の会場です。いろいろな大きさの会議室が集まったこのビルは各検定の会場として使われているようで、1階のモニターにはそれらの会場案内が示されています。

私は去年と同じ7階の部屋へ入室して試験の開始を待っていました。すごく穏やかな気持ちでした。今までこんな気持ちで検定を迎えたことはありません。

心穏やかであった理由は「受かっても受からなくても、どちらにも楽しみがある」と思うことができたからです。どういうことでしょうか。

私はイタリア語の勉強をかれこれ20年以上行ってきました。途中でやめたり、再開したりを繰り返しながらの20年です。もともと勉強する必要性はありませんでした。「したほうがいい」という直感にしたがった行動でした。

しかし、一旦始めるとこれは泥沼のようなものでした。語学は継続してなんぼ、使ってみてなんぼです。私は日々忙しく働くなかで、学習時間を確保することに苦労しました。イタリア語となると、日常的に使う機会もほとんどありませんでした。

そんななかで何度も挫折しそうになりました。「何のために私はこんな無駄なことに時間と労力をかけているのだ」繰り返し思いました。「いっそやめてしまえば、どんなに自由な時間が増えるのだろう」本気でそう思いました。

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寄生虫

日の当たる方

私のような昭和生まれの人間にとっては信じられないことですが、テレビが斜陽産業になっていると言われています。

テレビと並ぶメディアである新聞や雑誌の凋落ぶりは、実感としてものすごくありました。最近新聞社は発行部数を公表しなくなりましたが、定期購読が減っていることは、再利用のために出された古紙の量を見ればわかります。かつては山のように積まれていた駅売りのそれも、今は申し訳程度にしか置いていません。

書店の店頭に並ぶ雑誌の種類も量も目に見えて減っています。10年ほど前に小学館の発行する「小学~年生」シリーズのほとんどが廃刊されるというニュースを耳にしました。子どもにとって、入り口となる雑誌であったと思います。若者向けの雑誌も、文学からヤンキーまでいろいろあり楽しかったのですが、今ではすっかり影を潜めてしまいました。

このように新聞や雑誌に勢いがないことは実感としてわかりますが、テレビに関してはBSやCSを含めて、私が子供の頃と比べてチャンネル数も増えてますし、扱うジャンルも多岐にわたっていて、にわかに「斜陽化している」といわれても信じられません。

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邂逅

大人の文章

「人は学び続けなければならない」そう思いながら生きてきた。物理的な年はとっても、学び続ける限りは若くいられるし、逆に年齢は若くても知ることへ対する好奇心を失えば老人のようなメンタリティーになってしまう。

この世の中は不思議なことだらけだ。私の目の前で日々繰り広げられる数々の現象。いつ、どんな必然性があってそうなっていて、それが何をもたらすのか、考えだしたらきりがなくなってしまう。

私と私以外との関係、そう考えている私とはいったい何ものなのか、おそらく私は知ることなく生を終えるであろう。しかしながら、私はそれを考えずにはいられない。つまり、学ぼうとせずにはいられない。

学びのための一番手軽な方法は本を読むことである。人間が言葉を持ち、その言葉を記す文字を発明したため、人間の知恵は世代を超えて受け継がれることになった。言葉が、そしてそれを記した本が現在の人間を作ったということができる。

そのようなわけで私は図書館によく行く。幸いなことに通勤途上に公立図書館があるため2週間に5~6冊ずつ本を借りて読み続けている。時間に追われた生活をしているため、サッと背表紙を眺めて、直感で5冊ほど選んで貸出機へと向かう。

先日、いつものように足早に本を選んでいると、私の目に懐かしい名前が飛び込んできた。私の足がピタリと止まった。

「鈍行最終気まぐれ列車 種村直樹」

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大相撲9月場所

力の入らない月曜日

必ず来ると分かってはいても対策をとれない。終わりは次への始まりと理解できるのであるが、何だか体の奥から力が出てこない。相撲が好きになるということは、相撲ロスとも付き合っていくということ。まさに人生は簿記である。借方と貸方が一致する。

今回も備忘録を兼ねて、9月場所で感じたことをいくつか記してみたい。書くことで思い出すこともある。書くことで次の場所を見る枠組みを整えてくれることもある。6週間後の九州場所を楽しみにしながら、この2週間で印象に残ったことを記してみたい。

栃丸16分(ぶ)

栃丸関は5月場所より、私が一番熱を込めて応援してきた力士である。その理由は、彼が入門から11年もかかって十両になったためである。

「石の上にも三年 栃丸十一年」

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頂上の蛇

優先順位

「バイクが好き」と人に言う割にはそれほど乗っていない。「出かけたい」という思いと「その時間があれば語学など有意義なことができる」という気持ちが駆け引きをし、たいていは後者が勝ってしまうからである。

私は常に「何か有意義なことをしなければ」という気持ちに支配されている。私の持っている時間の中で、仕事、睡眠、家事を除いたものが私がコントロールできる部分である。その中に、読書、勉強、運動、鉄道、サウナ、酒、ブログ、という風にやることを当てはめていく。そうすると、なかなかバイクの出番がやってこないのだ。

それでもたまには一人でふらっとバイクを走らせる日がある。そんな一日を終えると「どうしてこんなに気持ちがいいのにもっとバイクに乗らないんだろう」と思ってしまう。

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年に1度

コンビニエンテ

街からタバコ屋の姿が消えた。タバコ屋だけではない。雑貨屋も小さな文房具店も個人営業の酒屋も、ものすごい勢いで数を減らした。言うまでもなく、コンビニが普及したためだ。

タバコ、雑貨、文房具、酒、その他にも総菜や野菜や雑誌も売っている。宅急便も送ってくれる。コンサートのチケットも買うことができる。住民票も取ることができる。コンビニとは、いったいいくつの業種の店が統合したものなのかと思う。

私は性格的に、ここの小さな店が存在する世界が好きな人間である。時代遅れだと言われようが、大きなスーパーに行くより、肉屋や魚屋や八百屋といった個人商店が並んでいる市場の方が気持ちが上る。そんな私であっても、コンビニという現代の万屋の恩恵を受けずに過ごすことは難しい。

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