気分良い朝食
「これやっていいんか?」
普通の状態でやってしまったらダメな大人と思われることが許される日がある。ハレの日である。私にとってその中でも最大級のものは旅である。小さなころからどこかへ行くことが好きであった。
観光地であろうとなかろうと、自分の住む場所から離れるだけでワクワク・ドキドキすることができた。「ここに私のこと知っている人は誰もいない」そう思うだけで嬉しくて奇声を上げたい気分になった。
「旅の恥はかき捨て」という言葉があるが、旅に出ると大胆になるためか普段しないことをしてしまう。とはいっても最近の私の場合は大したことない。朝から缶ビールを開ける程度である。ささやかな「これやっていいんか?」であるが気分がよろしい。
私は妻と新幹線に乗って山形に向かっていた。朝ご飯にミックスサンドを買い、キリン一番搾りを開ける。朝の澄んだ街並みを見ながらサンドイッチをほおばり、ビールで流し込む。
隣にいる妻は早々と眠っている。ここぞとばかりに車内販売を呼び止め、小さな声でビールをもう一本購入する。列車が京都を過ぎるころには食事を終え、二本目の缶ビールで高尿酸値の薬を飲んでいた。体にいいわけがない。でも今日はハレの日だ。
こんな調子で旅路を進めていく。旅をするのが嬉しくて神経が高ぶっているのでビールを二本開けても眠くならない。昨晩も4時間ほどしか眠れていないにも関わらずだ。
富士山がきれいに見える。妻に丹那トンネルと熱海駅の半径1000mのカーブの話をする。大きな鉄橋を渡るたびに川の名前を言う。私は鬱陶しい夫かもしれない。
乗り換えの東京駅で立ち食いそばを食べる。朝食とおやつの間の微妙な時間。ビールを飲んだ後でもある。この食事を何と呼べばよいのだろうか。
山形へ向かう「つばさ」の中ではアルコール飲料の代わりに炭酸水を飲んだ。お昼に美味しい日本酒が待っているからだ。酒は飲まないが、相変わらず私は挙動不審な動きでキョロキョロとあらゆる方角へ首を向け、時に額を窓につけて外を見る。
一人旅が多いためいつもはここで終わりだ。しかし今日は隣に話し相手がいる。高架を走る新幹線からは眺めがよい。今日は晴れている。一目外を見るだけで人文・自然地理的な情報がどんどん入力される。その一部は容赦なく妻の耳へと伝えられる。
ビールと炭酸水のために頻繁にトイレに行く。その度に左右の窓をキョロキョロ。デッキで出入り口のドアに額をつける。時刻表をパラパラめくり何かを確認し続ける。よくこんな変な夫の妻でい続けてくれたものだ。感謝する。
予定変更
この日は山形市内で私の友人と会う約束をしていた。山形には夕方に着けばよい。私たちは米沢で下車した。この日のテンションの私は当然、米沢到着前も板谷峠のスイッチバック群を求めてひたすら頭を動かし続けた。
荷物をコインロッカーに預け、私たちは米沢市内を散策した。米沢城址を散策し、上杉神社にお参りする。境内にはやたらと人の像や石碑が多い。上杉鷹山がいかに郷土の誇りで大切にされているのかがすぐに伝わってくる。
私たちは玉こんにゃくをあてにビールを飲み、米沢ラーメンで昼食をとった。冷房の効いているはずの店内は汗が噴き出すほどの室温である。外に出ると日陰しか歩きたくない真夏日である。黒いポロシャツに噴き出た塩を妻が指摘する。きっと体も塩分を欲しているであろう。私はいつもは血圧を気にして控えているが、ラーメンの汁を最後まで飲み干した。
私たちの当初の予定では米沢城址をタクシーを使って大急ぎで見学し、米坂線に乗って今泉からフラワー鉄道へ向かうつもりであった。今泉に行きたかったのは宮脇俊三ファンの私の希望であった。この駅前で彼は玉音放送を聞き、その様子は著書「時刻表昭和史」で描かれた。
宮脇俊三に話が逸れそうになった。逸れたら記事が終わらなくなるのでこの辺でやめる。
二人ともビールが入ると慌ただしい行程が面倒になる。私たちは予定変更してもう少し米沢に滞在し、高畠で温泉につかって山形に向かうことにした。
市内中心部にある「東光」の酒蔵を見学し私たちは試飲を重ねる。500円玉を両替機に入れるとコインが3枚出てくる。そのコインをずらりと並んだ試飲用の機械に入れると注ぎ口から酒が出てくる。その量は酒のグレードによって異なる。これは酒飲み用のおもちゃである。私たちは何度か両替の後、大人の遊びをやめて米沢駅へと向かった。
2両編成の山形行き普通列車は定員の2~3割の乗客であった。「奥羽本線のこの区間でもこの乗客数かあ」と思わずため息が出そうになる。乗客の多くは高校生と東南アジア系の人々である。よく整備された標準軌の上を電車は軽快に駆け抜けていく。10分ほどで高畠駅に到着する。
休憩室で
全国に数多くある駅の中で高畠駅ほど温泉施設に近い駅はないであろう。小さな駅の改札口の真横、3歩の場所に入り口がある。
そこで靴を脱ぎ、自販機で入浴券を買い係の人に渡して更衣室に入る。ここまで本気を出したら下車後30秒でいける。ということは、浴槽に浸かるまで下車1分で可能かもしれない。駅に近いというか、駅と一体の施設であり、浴槽から線路まで直線距離で20メートルほどであろうか。
妻と1時間後の再会を約束して更衣室に入る。浴室内は空いていた。地元らしい人が5~6人ということろか。一隅にサウナがある。水風呂は露天スペースにあった。おじいちゃんが大胆な格好で露天スペースで熟睡している。気持ちよさそうだ。
私は急いで体と頭を洗い、天然温泉につかる。少しでもサウナの時間を確保したい。サウナ室に入るとチリリと肌を刺すような熱さが伝わってくる。温度計を見ると100度を超えている。人の出入りがほとんど無いためここまで室温が上っているのだ。
ストーブはサウナストーンを温めるタイプ。部屋の大きさにしては大きい。テレビもなく、人の出入りもなく、私は一人で砂時計とにらめっこする。足の裏が木に触れると熱いのでサウナマットの上にあぐらをかく。
それにしても熱い。私は通常10分間サウナに入るが、5分の砂時計が空になると出たくなった。とてもじゃないが10分は無理だ。「あちち」と言いながら外に飛び出す。さあ水風呂だと洗面器で露天の水風呂の水を汲んで体にかけるが何かおかしい。
浴槽の片隅にある蛇口からは水が申し訳ない程度にちょろちょろ。ひねろうとしても硬くて回らない。つまりここの水風呂は新しい水がほとんど供給されないためにぬるくて淀んでいたのだ。
仕方なく水シャワーを浴びる。これはこれで気持ち良い。短いセッションを3度繰り返し、私は浴室を後にした。
さて次の列車まで約40分。辺りを散策してもよいがこの日は猛暑、気温は35度ぐらいありそうだ。私は自販機の「休憩室」の文字が気になった。200円のチケットを2枚買い、私たちは2階へと上がった。
冷房の効いた畳張りの部屋いるのは私たち二人だけであった。広すぎてどこに座ったらよいのか分からない。私たちは動物の習性に従って部屋の隅の方に座り、そこで自販機で買った「ピノ」を食べた。バニラとチョコのシンプルな味。長く売られ続けているのがわかる気がする。
私はスマホの目覚ましを20分後にセットして畳の上に大の字になった。温泉に入りサウナでたっぷり汗をかいて水分と糖分を補給した。外は猛暑、壁一枚挟んだこちらは涼しい世界。神戸から遠く離れた場所にやってきた。朝食をビールと共に食べ、昼食はビールと日本酒。
これらの条件が揃った私は一瞬で眠りに落ち、無意識の中でタイマーも切って眠り続けていた。
「もう列車が来るよ!」
妻が私の体をゆすった。彼女は途中から下の売店でお土産を見ていたらしい。いつまでたっても私が降りてこないから、慌てて私を起こしにきたのだ。
時計を見ると列車の時刻まであと2分だ。荷物を手に下へ降り、靴を履いて切符を探して改札を通ると列車が入線してきた。間に合った、さすが日本で一番駅に近い温泉だ。
列車に座って2分前までいた休憩室の窓を見る。体がジーンとしてまだ半分眠りの中にいるような感覚であった。
昼寝、なんて素敵で幸せなことなのかと思う。普段私は極力これを避けてきた。一度寝てしまうと起きられなくなり時間を無駄にしてしまうからだ。そうなったら、語学や読書といったできなかったことを考えてモヤモヤをためてしまう。これが私のどうしようもない性格だ。もっと素直になれればよいとずっと思いつづけている。
そんなややこしい性格とこれからも付き合っていかなくてはならないのであるが、時にはこうしてグダグダの一日を持つのもよい。というか、私はこのような心地よい瞬間を持つために普段いろいろなことを我慢しているのではないかと思えるほどである。
今までの人生の中でベスト5に入るほど気持ちよい昼寝であった。
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