やはり無理があった

欲張りな私

長い間高校で英語を教えている。同じ教科書を複数年に渡って使用することもあるが、同じことを同じ手順で教えればよいというわけではない。

目の前にいる子供の理解力もさまざまであるし、時代の雰囲気も変わっていく。何より、私自身が毎日変わっていくので、同じ教材であっても異なるアプローチの仕方が見えてくるのだ。

だから、何年教えていようが教師は授業が始まると一気に忙しくなる。次から次へと行うことが見えてくる。特に新しい年度が始まる4月5月は、二十回以上経験しても余裕を持って迎えることができない。

追い立てられて、あっという間に1日が終わり、フラフラになりながら帰りの電車に乗り込む。お酒を飲まずに夕食後語学学習をするという意思も緩み、思わずスーパーで缶ビールを二本買って帰ることになる。

こうなるといつものパターンだ。

「缶ビール二本だけ飲んでほろ酔い加減で音読」の目標も、二本目が終わり、お湯に焼酎を注いだ時点で終了し、家庭学習ゼロの状態のまま翌日を迎えることになる。

別に学生ではないので、家で勉強しなくても誰かに怒られることもないのだが、私自身の理想とする「こうありたい」という生き方に反してしまう。自尊心の低い私は、いつも「こうあるべき」と「できなかった」の間で苦しんできた。

このブログを書き続ける意味は、その乖離を縮めつつ、できなかった時「それでもいいよ」の状態に自分を持っていくことである。

だから今日も自分を癒すために、私はキーボードに向かう。さすがに無理だった。「目標が高すぎた。することを減らして、余裕ができればまた始めればええやんか」私は自分にそう言葉を投げかける。

語学学習に関して、私は明らかに欲張りすぎていた。

5ヶ国語までの経緯

4月の途中まで、私は毎日5ヶ国語の学習を続けていた。始めた順番に書くと、英語、イタリア語、台湾語、台湾華語、ポルトガル語。

そもそも私は、長い間英語とイタリア語学習の両立に苦しみ続けた歴史がある。英語を教えていて「英語がわからない生徒の気持ちを味わってみよう」と思ったことがイタリア語学習の始まりであった。

しかし、仕事に家庭に忙しい私は何度もその学習をやめ、同じ数だけ再開してきた。英語がわからない生徒の気持ちは嫌ほどわかり、当初の目的は達成したのであるが、私は積み上げてきたものを失うのが怖かったのだ。

2ヶ国語でも大変だった私が台湾語を始めたのは2012年ごろであった。しかし、ただでさえ多忙な学校に勤務していた私は、すぐに学習をやめた。

台湾には興味を持ちつつ台湾語をしないまま時間が過ぎていった。そんな私がこの言葉を再開できたのは、部活動の主顧問から外れたこと、子供達が成長し手がかからなくなったこと、イタリア語がある程度できるようになった、この3つの要因があった。

台湾語はマイナーな言語で、多くのテキストは台湾の国語である台湾華語(北京語と同じルーツ)と並列して記述されている。当初台湾語の部分だけ切り取って学習していた私は、「どうせ目や耳に入ってくるのなら一緒にしてしまえ」と、同時に学習することにした。

これが今から二年前、この時点で4ヶ国語である。

台湾語と台湾華語を一緒に学習すると、面白いことが見えてきた。どちらも大陸からやってきた言葉だけあって、文の構造や表現がよく似ているのだ。さらに、それぞれの言葉の漢字の発音から、日本語の漢字の音読みに与えた影響が見えてきて面白い。

台湾語だけやっているよりも、華語と合わせて学習することにより相乗効果が感じられて、日本語も含めてより広い視野を持つことができる。距離の近い言葉を同時に学習する醍醐味に気が付いたのだ。

こうなってくると、私の心はラテンの世界へと飛び立っていく。イタリア語には兄弟姉妹のような言語が多数存在する。代表的なものは、スペイン、ポルトガル、フランス、ルーマニアの各語であり、いずれもラテン語をルーツとする。

せっかく苦労してイタリア語を勉強してきたのだから、ラテンの世界でも華語と台湾語のような相乗効果を味わってみたい、そう思って始めた言語がポルトガル語、しかも日本で圧倒的に学習者が多いブラジルではなくヨーロッパのそれである。

イベリア半島の西の端に立ち、そこで沈みゆく夕日を眺めてみたい、私はそこに死と生の境目があるように思えるのだ。そんな自分で作った郷愁に取り憑かれて、私は5つ目の言語学習を始めてしまった。昨年の10月のことであった。

とりあえず3つ

ポルトガル語の習得は、一からイタリア語を独学してきたことを考えると格段に簡単である。イタリア語で身につけた、名詞の性、人称による動詞変化、人称代名詞の結合、接続法などの概念を頭に入れながら学べるからである。

現在、中級までの文法書を2冊終えて、また最初から繰り返えしているところである。

しかしながら、いくら以前よりは時間的な余裕があるとはいえ、毎日5ヶ国語を続けるのは、さすがに無理になってきた。それでも、4月始めまでは歯を食いしばってこなしてきたが、授業が始まり忙しくなると、15分間の学習時間を確保することも難しくなってきた。

こうなることはわかっていたが、読書やサウナや立ち飲みなどの心に栄養を与える時間を削ってまで、いつ役に立つのかわからない言葉の勉強をしていると、時に「私は50を超えて何を求めているのだろう」という気持ちになってくるのだ。

朝家を出た瞬間にBBCニュースを聞きながら職場へ向かい、ヘトヘトになるまで働いて、帰りの電車では台湾語と華語が並列した音声を聞く。家に帰り、イタリア語とポルトガル語とブログ執筆を天秤にかけながら、食事とお風呂の合間を縫って寝落ちするまで学習。酒を飲んだら、全てがストップ。そして自尊心低下。そんな生活が続いていた。

多くの人が言うことがある。

「手放しなさい。そうすれば入ってくる」

執着に取り憑かれている限り、心が完全に満たされることはない。

私はとりあえず外国語学習を3つに絞ることにした。

飯のタネである英語、これは外せない。さて、次はどうしよう。2番目に得意なイタリア語、ここまで続ければ腐れ縁だ、死ぬまで勉強してやる。そうなれば、次はイタリア語と相乗効果の出るポルトガル語である。

行き帰りの電車も、休日の午前中も、この3ヶ国語を毎日行うことにする。空いた時間は私が”無駄”と思っていたことに使う。

あと二年で仕事を辞めて、3年目の秋にはイタリアを旅しようと思う。その時、ポルトガルにも足を伸ばしてみようか。考え出したらワクワクが止まらない。

ただ円安がものすごく気になる。本当に仕事を辞めて旅ができるのだろうか。

もう一つ、昨年に続き今年も台湾に行く計画を、妻と話し合っている。せっかく3つに絞った外国語が5つに戻る可能性も高い。

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投稿者: 大和イタチ

兵庫県在住。不惑を過ぎたおやじです。仕事、家庭、その他あらゆることに恵まれていると思いますが、いつも目の前にモヤモヤがかかり、心からの幸せを実感できません。書くことで心を整理し、分相応の幸福感を得るためにブログを始めました。