生業

600日

漠然とした不安を感じ続けている。私がそれを常に感じ続けている生老病死とは違う種類のものである。私にはその正体はわかっている。そして解決策もわかっている。なのに、気がついたらいつも同じことを考えている。

今このブログを書き始める前もそうであった。今日は別の話題で記事を書こうと思っていたのであるが、気がついたらこのことを考えていたので路線変更した。

不安を感じるのは「2027年4月から私はどうやって現金収入を得ればよいのだろう」ということ。

解決策はわかる。いろいろとできることをやってみるのだ。ブログに広告をつける。NOTEに有料記事を書く。今まで培った知識と経験でアフィリエイトサイトを作る。通訳案内士として人材派遣業者に登録する。同様に英語講師として登録する。自分で作った米や野菜を販売してみる。また、その農業体験を販売する。明石焼きの店を開く。「おてつ旅」のようなサービスを利用し、旅をしながらバイトをする。米国株の配当金を円で受け取る。

ざっと考えるだけでこのような手段が浮かんでくる。

思うように現金収入が入らなければどうすればよいのだろうか。

まず、退職金を使って生活する。作った米や野菜を別のものと交換する。株式や投資信託を少しずつ売っていく。

それもできなくなれば、再び高校教師として働けばよい。別に採用試験をもう一度受ける必要はない。常勤講師として、仕事がある場所を渡り歩いて行けばよい。

進学校、定時制高校、商業高校、工業高校、英語教育で知られた高校、私は様々な場所で英語を教えてきた。どこに行ってもそれなりの仕事をする自信はある。

元気に体を動かせる限り、お金に関して私が不安に思うことなど何にもないはずである。それなのに、実際に私の心が晴れないのは30年近く続いた給与所得者としての性である。

毎月決まった日になれば、私の銀行口座には給料が振り込まれる生活が続いてきた。夏と冬にはボーナスも入る。そしてそれらの額は、私のパフォーマンスに関わらず、年を追うごとに増えていく。

よほど酷いことを行わない限り、私のこのような給与生活は65歳の定年になるまで続いていく。年功序列と終身雇用という日本型雇用形態のおかげである。

このありがたき雇用形態に慣れきってしまっているため、私は、うまくいかなかった時の解決策はあるとわかっていても、不安から離れられない。あと約600日すれば、私の銀行口座に給料が振り込まれなくなると思うと「どうしたらよいのだろう」と焦ってしまうのだ。

遅すぎるぐらい

自分の祖先のことを考えてみる。私の父はサラリーマン、母も私が高校生になることまで会社勤めをしていた。父方の祖父は国営企業で働いていた。私が知る限り給与所得者はその3人である。

母方の祖父母は自営業、さらに上の世代になると私は直接は知らないが、炭焼きをしたり、野菜を売ったり、お手伝いをしたりして現金収入を得ていたと聞く。

目を現代の小売業へと向けてみる。多くの業界で販売に関わる人々は給与所得者となっている。小売業の大規模化が進んでいるからだ。しかし、ほんの少し前まではそうではなかった。

スーパーの代わりに街の市場や商店街が賑わっていた。そこには肉や魚や野菜や乾物や惣菜といった、細分化された個人事業主たちが溢れていた。ホームセンターの代わりに、電気屋や金物屋や材木店があった。コンビニの代わりに酒屋やたばこ屋や文具店があった。

モノやサービスを売る人には個人事業主が多かったのだ。当然のことであるが、それらの人々の収入は売上によって変動していた。

視点を産業別労働人口に移してみよう。1951年の第1次産業従事者の割合は46%である。高度経済成長とともにその割合は劇的に低下したが、75年前の日本では約半数が給与所得者ではなかったことがわかる。

さらに時代を遡ればこの割合は増すことは明らかである。何しろ江戸末期では、日本の人口の9割近くが農民であったからだ。

人間の歴史を考えた時、私は今、稀有な時代に生きているということができる。「毎月決まった日になると給与として現金を得ることができる」という珍しさである。

この給与所得者としての生き方は、現代では当然のことになった。私の教えている生徒たちも、多くは自分が将来そうなることを疑わない。かつての私もそうであった。

しかし、今の私にとってその地位にいることが最重要項目なのかというと、それは違う。今の私にとって一番大切なことは、時間や他人が作った「するべきこと」に縛られずに生きること。死の病床で「これでよかった」と言える人生を送ること。

私はこれからローンを組んで家を建てるわけでもないし、今から結婚式を挙げ、子育てを始めるわけでもない。人生の三代支出といわれるものはほぼ終わっている。

老後の資金は十分とは言えないが、それこそ最初に不安を感じながら考えたように、給与所得者でなくなっても道はあるのだ。

「給料がなくなれば、お前は稼ぐことができない」そんな思考の縛りが私を不安にするが、それも自分の頭の中で作ったこと。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。本当のことはやってみなとわからないし、やる価値の十分あることだと思う。

私も50を優に過ぎた。勇気を持って一歩踏み出すのは、むしろ遅すぎるくらいである。迷っていて踏み出せない人生より、歩き始めて失敗しても道を変えながら進む人生のほうが楽しいに決まっているのだ。

投稿者: 大和イタチ

兵庫県在住。不惑を過ぎたおやじです。仕事、家庭、その他あらゆることに恵まれていると思いますが、いつも目の前にモヤモヤがかかり、心からの幸せを実感できません。書くことで心を整理し、分相応の幸福感を得るためにブログを始めました。