日本好きの童くん
同じ職場で働くオーストラリア人の童くんは、日本のことが大好きで、いつも「~に行ってみたい」と話しています。私は席が近いため、よくネット検索しながら、彼の行きたい場所の話をします。
名古屋、紀伊半島、静岡、長崎、彼が興味を示すと、私は自分の経験を元に彼の喜びそうな情報を提供します。童君が目を輝かして「奥さんと相談してみる」と言うと、こちらもワクワクしてきます。
そんな彼が「隣の県なのに岡山に行ったことがない」と言います。「それでは」ということで、私が連れていくことになりました。彼との初めてのツーリングです。
童くんはバイク好きで、来日後中古のバイクを購入し、それを好きなように改造して楽しんでいます。鉄板を加工したり、電気系統を大幅にいじったりと、ほぼノーマルで乗り続けている私から見ると、信じられないようなことを彼は行います。
しかし、バイクをいじりすぎて、この数か月間エンジンがかからない状態が続いていました。それでも何とか苦労して、再び走行できる状態になったため、今日はバイク復活のお祝いもかねてのツーリングです。
さて、日本大好きな彼を岡山のどこへ連れていくか。時間があればひるぜん焼そば+湯原温泉で一泊、翌日は日本海を見てから帰る、という案が浮かびました。が、「金曜は飲み会で泥酔する可能性が高い。土曜日は無理そう」とのこと。
「日帰りで岡山」頭の中で考えを巡らせていると、以前NHK WorldのJapanology Plusという英語の番組で見た、児島ジーンズの紹介を思い出しました。起源はアメリカだけど、和の要素がたくさん詰まった児島ジーンズ。早速、PCのオンデマンドで彼に見せると興味津々。
「今までで一番いいジーンズを買う」というテーマで児島に行くことになりました。
楽しいな
第2神明道路の明石SAに8時半に集合。初めて一緒に走るので、速度や車の抜き方について簡単に相談。私が先頭で西へ向かいます。
日帰りツーリングの場合、目的地が西であることが理想的といわれています。往復とも直射日光を目に受けずに走ることができるからです。
少し雲がありますが、私たちは太陽の光を背に受けながら西へ向かっていきます。感覚的には70%くらいの確率で渋滞に遭遇する第二神明→加古川バイパス→姫路バイパスという流れですが、今日は幸運なことにスイスイと流れていきます。私は、ミラーで童くんをチラリチラリと見ながら走っていきます。
複数で走っていても、バイクは基本的に孤独です。ヘルメットで視野も狭くなるし、基本、エンジンの音しか聞こえてきません。でも、何となくいいんです。一緒に走っていると、相手が何を考えているのか想像します。同じ速度で、ほぼ同じ光景を見ながら、同じ操作をしながら走っていきます。気持ちが同期していくように感じられます。
途中休憩を挟みながら、岡山ブルーラインを経由して岡山市内へ。途中で南下して児島湾大橋を渡ります。
山と海を縫いながらつながるブルーラインにしても、かなり標高を上げて児島湖から干拓地が一望できる児島湾大橋にしても、こんな場所を簡単にバイクで通ることができること、当たり前のようで不思議な気分になります。備前市から、あまりに簡単に山を越え海を越え、干拓地を走り児島湾を通過していきます。バイクや舗装道路の歴史、人間のそれと比べると極僅か。そのレアな時代に生まれて、こうしてバイクを走らせていることが夢のように感じられます。
玉野市から海岸沿いの道をゆっくりと児島に向けて走らせます。10月の太陽と風はライダーにとって心地よく、2か月前あれほど感じていたバイクに乗る暑苦しさが嘘のようです。運転しながら思わず鼻歌が出てきます。苦しみや楽しみは相対的なもの。夏の暑さや冬の寒さはこの時期バイクを走らす心地よさのためにあるのではないかと思えます。自然海岸がほとんど残っていない関西に住んでいると、このあたりの海岸線が珍しいものに感じますが、本来こちらの方が自然のままの海岸線。雨と波と地殻変動が作り出した姿を網膜で堪能します。視線のはるか先にはうっすらと巨大な瀬戸大橋の姿が。究極の人工物のはずなのに、瀬戸内の自然豊かな造形美の中にうっすらと浮かぶ姿を見ると、統一感があるように見えるのが不思議な感じがします。
2台のバイクは昼過ぎ、児島に到着。私たちは駐輪場に愛車を止めて街に繰り出しました。
ジーンズストリート
下調べはしてこなかったのですが、幸運なことに今日はジーンズフェスティバルが開催されている日でした。なんでも10月26日を強引に読み替えると「デニム」になるそうで、ジーンズで売り出しているこの街にとっては特別な日です。街の中心の広場には数多くのジーンズメーカーや食べ物のブースが出展し、多くの人で賑わっています。
童君とぶらぶらと歩きます。各メーカーのアウトレット品を売る店、それらをレーザーやサンダーで加工する店。上の写真のように色あせて継ぎはぎだらけの商品も、いろんなバリエーションであります。
糸を織り、生地を作り、裁断・縫製しできた真新しいジーンズ。それを軽石と一緒に洗ったり、サンダーで削って色を落とし、ナイフやレーザーで生地を毛羽立たせ、破ります。ダメージを受けたジーンズに、今度はあて布をしたり、ミシンで糸を縫い込んで補強したり。それを”新品”として売り出します。もう、何が何だか分かりません。こんな服はジーンズ以外にありません。何なんでしょう。
真新しいものより、時代を経たものに価値を感じる「わび・さび」の国。ジーンズの加工は、割れた茶碗を金と漆でつなぎ合わせる「金継ぎ」に通じるものがあると思います。
私たちの心が何に美を感じ、何を醜いものとして認識するのか。絶対的な基準は存在しなく、長い間時間をかけて集団が形作ってきた心理状態がその判断を行っているのだと思います。
童君と私は、ジーンズフェスの会場からジーンズストリートをぶらつきます。途中の街中華で昼食をとり、1時間ほどかけて各店舗を見て回ります。かつての児島の中心商店街、モータリゼーションの発達や瀬戸大橋線の開通により岡山への客の流出でさびれていた場所に20件ほどのジーンズショップが立ち並んでいます。BIG JOHNと桃太郎ジーンズ以外は名前を知らない店でした。そもそも、形がほぼ完成されているジーンズにこれだけのメーカーがあることが驚きです。そして、それぞれかなり強気の値段で売っています。生地の材料や作り方、そして染色やダメージングで差別化を図っているようです。単純なものほど奥が深い、ありきたりな表現ですが、その言葉の意味をここジーンズストリートでかみしめます。
冬の気配を感じながら
今日のテーマは「今までで一番いいジーンズを買う」でした。
この前ジーンズを買ったのは、もう6~7年前、しかもアウトレットで2千円でした。その前になるともう20年以上前で値段も覚えていません。学生時代は毎日ジーンズでしたが、仕事を始めてからは、スーツやジャケットが優先でジーンズを買う機会がありません。
童君も同様で、今はいているジーンズしかないといっていました。
二人とも、せっかくだから桃太郎ジーンズを買って帰るつもりで、私はフェス会場のブースで丁度いいストレートを1万円で購入しました。
オーストラリア人の童君は、何度も試着をしたのですが股上、ウエスト、腿の太さがピタッとくるものがありません。やはり平均的日本人と体型が異なるのでしょうか。ぴったりフィットした別のメーカーのダメージジーンズを買いました。
「Dameged, repaired, and they sell it as a brand new jeans. Interesting!」
童君も私と同じことを感じていたようです。
秋のつるべ落とし、夕方になると明るさ気温共に急激に下がってきます。
二人は眠気覚ましの濃いコーヒをお腹に入れ、児島の街を離れました。
明石SAまで約3時間、途中休憩で立ち寄ったコンビニで二人とも缶コーヒーで両手を温めます。「FreezingではないけどCool以上だね」そんな会話をします。グローブをとった指先を見ると白みがかっています。今日昼の天気は最高のバイク日和でした。半日経って、帰路は冬の気配を感じています。
あの辛い「俺なんでバイクにのるんだろう」と思う季節がもうすぐやってきます。日本が好きで「行きたいところがありすぎる」という童君に、寒くなる前にもう一か所日本紹介をすることを約束してツーリングを終えました。
今日は楽しい1日でした。珍しいことにモヤモヤの出る幕のない一日でした。
モヤモヤ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ 幸せ?
”よいツーリングをすると心が軽くなる”