令和八年五月場所

90年代前半の武藤

今までの人生で、プロレスにハマった時期が一度あった。大学生の頃だ。一人暮らしの自由さから自堕落な生活に陥り、ダラダラと深夜に放送していたプロレスを見るうちに好きになっていったのだ。

旧UWFからリングス、UWFインター、藤原組の3つの団体が生まれ、そこからさらにパンクラスが派生して、世の中的には格闘技色の強いプロレスが流行っていた。私はそれらもレンタルビデオで借りてみていたが、やはり一番多く楽しんだのは地上波で放送していた全日本・新日本プロレスであった。

テレビを見るうち贔屓にするレスラーが現れた。長髪の男前で、動きが派手で、所作の一つ一つに華がある。アメリカから帰国した武藤敬司であった。

相手をロープに振ってのスペースローリングエルボー、そこからのフェイスクラッシャー、その一連の美しい動きを見るたびに、なぜか目頭が熱くなった。

この男が新日本のリーダーになり、そこにかつて袂をわけたレスラーも集合し、プロレスの黄金時代が再び訪れる。私はそのような夢を見ていた。

ただ、一抹の不安もあった。ルックスが売りの武藤敬司の頭頂部の髪の密度が少しずつ低下し始めていたのだ。それでも黄金時代再来を思いながらプロレスを見続けていた私も、高校教師を始めるとテレビ時代を見ることをやめてしまった。

武藤のことも忘れかけていたある日、イメチェンをした彼が私の前に現れた。もう抜け毛に悩まなくてもよい髪型であった。私は「武藤の髪の毛がふさふさであり続けたら、プロレスの歴史は変わっていた」と知人によく言う。

前振りが長くなったが、プロレスの視聴をやめた20年後に、私は武藤敬司に感じたものと同質のときめきを感じたのだ。相手は大相撲の力士、若隆景である。

ルックスは申し分ない。相撲の技術も伴っている。そして、何より武藤同様に華があるのだ。仕切り前のキュッと腕をひねる動作、おっつけから前へ出て相手を押し出し仕切り線に帰る時のゆったりとした動作。流石に涙腺は緩まないが唸るぐらいかっこいい。

大相撲人気の復活のキーとなるのは若隆景だ、私は周りにそう言って回った。

そんな彼が今回、25場所ぶりに優勝した。前回はコロナ禍のため無観客の大阪場所であった。優勝決定戦に勝ち大声援を受ける彼を見て、私は自分ごとのように嬉しかった。

しかし、同時に寂しさも湧き上がってきた。大波三兄弟の末っ子で、いつまでも若いと思っていた彼も今31歳である。平均的な力士の引退年齢を考えると、ここ3〜4年が全盛期後半になってもおかしくない。

武藤敬司は髪を剃り上げた後も60歳までプロレスを続けた。力士は髪の毛がなくなれば相撲は取れない。しかし、禿げるまで体力・気力的に続けられないのもこの仕事である。

境目の両側で

相撲の天国と地獄を分けるラインがある。そのラインを超えると関取と呼ばれる。関取になれば給料が支払われ、部屋から離れて住むことができ、土俵入りがあり、大銀杏を結うことが許され・・・、つまり全てが変わる。

最低時給が千円を超えて、労働環境が向上し続けるこの令和の時代に、給料もなく厳しい上下関係のもとで集団生活を行うのが幕下以下の力士なのである。

そのラインがあるからこそ、様々なドラマが生まれ、見る方にとっては面白い。

伊勢ヶ濱部屋の炎鵬は、今場所十両で相撲をとった。初日から五連勝。終わってみれば8勝7敗の勝ち越しであった。炎鵬のドラマに関しては多くで語られているのでここでは書かない。私を勇気づけてくれる力士の一人である。来場所も十五日間相撲が見られて嬉しい。

4年前から注目している栃丸は、西幕下25枚目で4勝3敗の勝ち越し。ずっと勝ち越しが続き、6枚目で迎えた先場所で大きく負け越した。今回少し関取が近づいたが、栃丸は今年34歳になる。もう一度夢を見させてほしい。

20枚目の碇潟が幕下優勝した。甲山親方の次男、幕内で大活躍する藤の川の弟である。兄があれだけ素晴らしく観客を沸かせる相撲をとっているので、碇潟にも期待が高まる。名古屋で良い成績をとれば、関取になれる場所にいる。19歳とは思えない貫禄も魅力的だ。

大活躍する弟たちの陰で、今場所一人の幕下力士が引退を表明した。荒汐部屋の若隆元である。三兄弟関取が誕生するかと常に注目を浴びていたが、東幕下7枚目を最上位に土俵をさることになった。多くの力士たちが関取りになることなく引退するのであるが、彼は特別な気持ちだったと思う。

いつの日か

4年前から、場所が開催されるたびに「令和X年X月場所」というタイトルで記事を書いてきた。テレビを見ながら気がついたことをメモに取り、それらを場所が終わってから読み返して文章を書いてきた。

今回の場所、私はメモを取ることをしなかった。まともに大相撲を見ることができなかったからだ。新聞やニュースで結果を見ることはできるが、じっくり腰を据えて取り組みを見ることはほぼなかった。相撲好きの集まる立ち飲みにも1度しか行くことができなかった。

つまり、それほど私の日常は忙しくなっているということだ。仕事は以前にも増して忙しく、平日はへとへとになって帰宅する。部活動を持っていないので土日は自由に使えるのだが、最近は実家に帰ることが増えているのだ。

私の父母も歳と共にできることが減ってきている。そのような中でも米作りを続けようとすれば、どうしても私の手助けが必要になる。

私は考える。私にとって何が幸せな人生なのかと。貧しくても、語学が毎日できて、米や野菜が自分で作れて、何よりずっと相撲が鑑賞できる人生が幸せじゃないのかと。

1年に6度の場所開催中、合計12週間は家に張り付いて、残りは適当に働く生活もよいのではないか。あまりに取り組みが見られなかった場所だったので、私は今、そんなことばかり考えている。

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投稿者: 大和イタチ

兵庫県在住。不惑を過ぎたおやじです。仕事、家庭、その他あらゆることに恵まれていると思いますが、いつも目の前にモヤモヤがかかり、心からの幸せを実感できません。書くことで心を整理し、分相応の幸福感を得るためにブログを始めました。