日本には四季があり、それぞれの訪れと終わりを感じながら今まで生きてきたが、最近では一年を六つに分けて時の経過を覚えるようになった。言うまでもなく大相撲の各場所である。初場所の千秋楽から一月半心待ちにしていた大阪場所もあっという間に過ぎ去ってしまい、しばらく相撲ロスを感じていた。それも癒えつつある今、いつものように気がついたことをとりとめもなく書き綴りたい。
純粋に楽しむとは
「私は純粋に相撲の取り組みを楽しんでいるのだろうか」そう思うことがあった。目の前で展開する取り組みの一つ一つで満足し、完結するような観戦の仕方をしていないと思うのだ。
どういうことかというと、取り組みを見ながら頭の中では必死にその意味付けを探そうとしているのだ。これは言い換えると「人に伝えることを前提とした見方」でもある。
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