聖地を前に

二代目 広沢虎三

高校生の頃からずっとハードロック・ヘヴィーメタルを聴き続けてきた私ですが、大人になった一時期、落語や浪曲に興味を持ったことがありました。落語は古今亭志ん朝、浪曲は二代目広沢虎三です。

壁一面に並んだCDの中に、漢字の多い異質な一角がありました。それがこの二人のCDが並んだ区画でした。多くの人がそうであると思いますが、広沢虎三の「清水次郎長伝」にしびれました。

もう浪曲を聞かなくなって10年以上経ちました。身の身の回りを整理し、CDの枚数を3分の1以下にしたため、広沢虎三も売ってしまいました。しかしながら、この夏、旅をしながら久しぶりにあのだみ声が頭のなかによみがえってきました。

「旅行けば 駿河の道に茶の香り」

実際に歩いていてお茶の香りがしてきたわけではありません。しかし、ここ静岡旅していると、茶畑の多さに驚かされるのです。特に大井川の谷では、耕作できる場所はこれでもかというくらい茶畑で、他の食料はどこで栽培しているのだろうと心配になるくらいでした。

大井川沿いだけではなく、窓から見える丘陵地にも至る所に茶畑が広がっています。次郎長伝で歌われたように、茶の香りがしてきそうな気がします。

ところどころに作業所のようなものが見えます。米どころでいう「ライスセンター」のようなものでしょうか。お茶の看板もたくさん見えます。この地域にとって、いや、日本人にとってお茶がいかに大切な存在なのか感じさせてくれます。

そんな風景を見ながら私は考えました。

「私はきちんと急須で入れたお茶を長い間味わっていない」

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バケツリスト

歴史と地理

去年の夏、私は日本の歴史と地理の勉強をしていました。全国通訳案内士の一次試験が9月に迫っていたからです。この試験の試験科目の中心は語学を除くと日本の歴史と地理です。

私は試験用の問題集を何冊か買って勉強をしました。地理は得意でしたが、歴史に関しては少し苦手だったので高校生用の教科書と資料集を買って勉強しました。

勉強をする中で、私のなかにある感情が湧き上がってきました。それは「私はこの国のことを知っているようで何も知らない」「日本各地を旅してきたようで肝心なところにはいっていない」という気持ちです。

例えば、私は讃岐うどんが好きなのでこれまで何十回も香川県に行きました。しかし、現存十二城の丸亀城の天守閣には行ったことがありません。

九州もよく旅して、太宰府天満宮にも何度も行きましたが、近くの観世音寺には去年の秋まで行ったことがありませんでした。

学ぶということは新しい自分を作っていく作業です。地理や歴史の勉強をすればするほど、今までとは違った場所を訪ねてみたいと思う自分が現れてきました。

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実物大模型

次男を追って

私には二人の息子がいます。長男は大学生、次男は今高校に通っています。かつて次男は、鉄道の話をする私を少し煙たがっていました。例えば家族でドライブをしていて、鉄道関係の施設が見えたり、普段見ない列車が現れたりすると、私は得意そうに解説を始めます。そんなとき、「もうマニア話はいいから…」こんな感じの反応です。

しかしながら、やはりカエルの子はカエルです。そんな次男も次第に鉄道に興味を持つようになり、2年前には18切符で日帰り旅行に出かけるようになりました。中学生の間は泊を伴う一人旅は我慢させていたのですが、高校に入りそれも「きちんとした計画を立てる」という条件付きで解禁しました。

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8月後半の気分

終戦記念日

毎年8月に入ると戦争に関する報道が増える。新聞を流し読みしていると、戦争体験者のインタビューや手記が多数掲載されている。これらが目に留まるとき、私は二つに引き裂かれた気持ちになる。

一つは戦争体験者の経験と思いを受けとめたいという気持ち。

もう一つは辛すぎる経験を聞きたくないという気持ち。

私の気持ちは揺れ動き、その時の状況によって記事を読んで涙を流したり、当たり障りのない別の記事を探してページをめくったりする。割合で言えば、そのまま戦争に関する記事を読んでしまう方が多い。戦争体験者のお話は死と切り離すことができない。そしてその死の匂いが、少しの葛藤の後、私を約80年前の世界へと引き込んでいく。

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交換する生き物

宮崎牛

先日、クール宅急便が届いた。開けてみると中には牛肉が入っていた。全部で5パック、合計1.5キロの宮崎牛であった。

送られてきた牛肉

慌てて妻が冷凍庫の整理をする。何とか4つは入りそうだ。残りの1パックは私が佃煮にする。スマホでレシピを検索して適当に味付けをする。本当に便利な世の中である。

牛肉は友人R君から送られてきたものであった。彼と私は30年以上の付き合いがある。R君は1年に2~3度こうした形で私に何かを送ってくる。以前は果物が多かったが、私が「育ちざかりが二人いるので肉がありがたい」と言ってからは牛肉が増えた。

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路傍の蝉

夏の盛りに

地球温暖化は確実に進んでいると、この10年間の夏を経験して確信している。この時期、昼間の気温が35度を超える地域が現れても驚かなくなった。夜も25度を下回らないことが当たり前となった。私の子供のころは、夏とはいえ朝夕は涼しいと感じていた。

蝉の鳴き声が暑さに拍車をかける。アスファルトとコンクリートに囲まれた都会であっても、どこからともなく蝉が現れて、そこらじゅうでなきわめく。蝉には耳があるのだろうか。何のためになくのかと思う。

時間の経過と共に蝉の種類が変化する。シャーシャーシャー、ジリジリジリ、カナカナカナ、ミーンミンミン。私は人間の音節しか知らないからカタカナで表すとこうなるが、実際はもっと複雑である。

土の中で何年も過ごした蝉は、地上に出て2~3週間で命を終える。私たちが目にしているのは、老後を迎えた蝉の姿である。時間で考えれば老後であるが、生殖活動を含め一番元気がよい。夏にこの世の春を迎える、それが蝉の生体である。

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名古屋場所 備忘録

15日間

特殊相対性理論の話は一旦横へ置いておく。日常生活の中では、時間の長さは変わらないはずなのに、大相撲開催の2週間は普段の倍の速さで過ぎていく気がする。

場所の話が出始めるとソワソワとし始め、待ち遠しい数日を過ごして初日を迎える。日曜日の朝「ああ、これから15日間相撲が楽しめるんだ。妻に録画を頼もう」と思う。午後はたいていサウナに行っているので、汗をかきながら初日を楽しむ。

中日の日曜もサウナで見る。相撲中継を行っている確率の高いサウナに行くようにしているが、たまに競馬やゴルフをやっていることがある。そういう時は終わり次第「相撲に変えてください」とリクエストをする。中日が終わると、優勝争いが気になり始める。

後半戦は馴染みの立ち飲みに行く回数も増える。仕事が終わればダッシュで暖簾をくぐり、後半の10番ほどを常連さんと一緒に楽しむ。家に帰れば前日の「幕内ダイジェスト」を見る。優勝争いに期待する反面、一日一日と「もうすぐ千秋楽だな」という寂しさを感じる。

千秋楽も日曜なのでサウナでみることが多い。相撲を中心に考えるので、この日は「サウナ室→水風呂→休憩」というサイクルが乱れる。楽しみな一番に合わせて時間を調整する。それでもととのったりする。

三役揃い踏みが終わり、最後の横綱戦「これを持ちまして…」という行事の声を聞くと「ああこれで終わりか…」という寂寥感がやってくるが、横綱戦が優勝を決める一番だとワクワクの方が勝る。

明けて月曜日は相撲ロス。あと1ヶ月半待たなくてはならいが、これぐらいの間隔がちょうどいいとも思う。1年に六場所あってよかったと思う。これから生きている間ずっと2ヶ月に一度相撲が見られると思うと、私は一日一日を過ごすことが楽しくなる。

今場所も様々なことを感じた。思いつくままに記してみたい。

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頭を空に

出来そうでできないこと

他の人から見れば簡単にできそうであっても、本人にとってはなかなかできないことがあります。私にとってそんなことの代表選手は「休日を何もせずに心から楽しむこと」です。

「そんな簡単なことができないのか」と自分でも思いますが、こうして文章を書き続けるうちに、これが一筋縄ではいかない問題であると気付き始めました。

「ただ単に何も忘れて楽しめばよいのでは」と普通の人は思うかもしれません。私もそう思います。しかし、いざ行動する段階になると強い抑制がかかるのです。その抑制とは、一人旅先で何か高価なものを食べようとしたとき「私だけいい思いをすることはできない」とためらったり、旅行中も語学や読書を行ったりすることです。

せっかくの休日の旅行です。ハレの日にはそれに合った過ごし方があるはずです。私は、そのような日にも普段のルールを当てはめようとして一人でモヤモヤしているのです。

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上位互換

始まりはKonMari

KonMariとは整理アドバイザーの近藤麻理恵さんのことで、彼女は現在アメリカに住み世界中に影響を与える存在です。小さなころから片付けが大好きで、それを追求するうちに、その分野の第一人者となり多くの人々を救っています。

そんな彼女の著書「人生がときめく片付けの魔法」を私が読んだのは、2年半前のことでした。妻が古本屋で買ってきて放置していたものを、心がモヤモヤで「ときめく」ことから遠ざかっていた私が手にしたのでした。

私は一読した後たくさんの付箋を貼りました。数多くの役に立つことが書いてありましたが、私の心に最も響いたのは物を捨てられない原因について書かれた下りでした。

「過去に対する執着と未来に対する不安」

突き詰めるとこの2つが原因になって片付けができない、と彼女は記していました。それは片付けについて書かれた記述でしたが、私の心の中を言い当てられている気がしました。

当時の私の心の中は「過去への執着と未来に対する不安」が溢れていて、そのことがモヤモヤの原因になり、幸福を感じるアンテナを曇らせていたと思ったのです。

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想像できなかった自分

苦手意識

私は、18歳のときから結婚するまでの10年間一人暮らしをしていました。そのため掃除・洗濯・料理等の家事は一通り覚えて行っていました。それは家族を持った今でも同じで、時々台所に立ちますし、家族全員のシャツにアイロンをあてるのは私の役割です。

そんな自称「家事力の高い」私ですが苦手にしていることが1つあります。それは裁縫です。

一般的な家庭で裁縫の出番といえば、とれたボタンをつけたり、生地のほつれを直したりということになるでしょう。これらは中学校までに家庭科の授業で習う内容で、たいていの人はできることでしょう。

しかし、私はこのよううな基本的な裁縫ですら苦手としています。もちろん何度も挑戦しましたが、ボタンはうまくつきませんし、生地は再びほつれ始めます。

このようなことから、私は裁縫に対して苦手意識を持ちました。苦手意識を持ちながらそのことを行うと、たいていはうまくいきません。私は結婚後、裁縫は妻に任せ、やらなくなりました。

妻は普通の人よりは裁縫が好きで、息子たちが小さな頃は浴衣や布かばんをよく作っていました。家事全般は私も手伝うが、裁縫だけは妻だけの仕事、私はこのような立場で家事に関わっていました。

そんな私が先日二日間にわたり、夜お酒も飲まずに裁縫に没頭するという出来事がありました。自分でもこんなことになるとは想像していませんでした。

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